最終話 情熱の赤翼(3)
3
偕成学園との準決勝に
疲労も考慮して、スタミナに不安がある
三回戦以降、先生は守備的
GK、
守備的MFは左から、
攻撃的MFは左にリオ・ハーバート(二年)、右に
FW、
守備からゲームに入り、まずは失点しないことを最重要タスクと考える。相手の攻撃に慣れてきた後で、可能ならば攻撃に転じていく。それが前半のゲームプランだった。
スコアレスで盤面が進んだ場合、いずれ切り札として穂高が投入されることになるだろう。
サッカーは最初からベストメンバーで戦えば良いという単純な競技ではない。試合の終盤には、どうしたって身体の切れが失われてくる。速筋の割合が生まれつき高い穂高のようなタイプがスーパーサブとして投入されることは、間違いなく脅威になるのだ。
三十五分の前半戦は、偕成学園のキックオフで始まった。
注意しなければならないのは二人のFWだが、それ以外のポジションにも満遍なく実力者が揃っている。敵のフォーメーションはボランチを二名配置する、オーソドックスな4‐4‐2だ。弱点らしき弱点も見当たらない。
ゲーム序盤は、およそ予想通りの展開で進んでいった。ショートパスを繫いでボールを保持する偕成学園と、自陣に引いて守る赤羽高校の攻防である。
レッドスワンの最前線、身長が百八十九センチにまで伸びた常陸の武器は、スピードではない。恵まれたフィジカルを生かしたポストプレーが彼の
船の行き来を補助するために、海や川の深い場所に目印として立てられた
一方、守備ではリーチを生かし、常陸はファーストディフェンダーとして機能する。パスコースを切るようにプレスを仕掛けることで、後列の選手がボールをカット出来るように助けるのだ。
偕成学園の攻撃は中央からの突破がメインだった。
プレッシャーをかけてくる常陸をかわしながら、ボールを
彼らが中央から攻撃を仕掛ける理由は理解出来る。レッドスワンの両
前半開始から、あっという間に十五分が過ぎていた。
今のところ、レッドスワンはシュートを打つどころか、アタッキングサードにすら満足にボールを運べていない。しかし、展開に苛立ちを感じているのは、明らかに敵の方だった。彼らのポゼッション率は七割を超えているが、これまでは苦し紛れのシュートしか打てていない。
偕成学園の攻撃が上手くいかない理由は、ひとえにバイタルエリアの攻防にある。
両FWが何度となく突破を試みているが、ことごとく失敗に終わっていた。
中盤の底に配置された圭士朗さんは、一対一の戦いにほとんど勝利している。彼は全速力で走っていても、整理された情報を適宜、正しい形で取り出すことが出来るクレバーな選手だ。
圭士朗さんは敵のフィールドプレイヤー、全員の利き足を把握しており、対峙した際、利き足側への突破を絶対に許さない。大抵の選手は利き足でボールを持てているか否かでプレーの精度が大きく異なってくる。圭士朗さんは相手の得意な側のコースを確実に切るため、敵は利き足でボールをキープしたいなら、中途半端な角度でサイドに逃げていくしかないのだ。しかも、圭士朗さんは手の動きで味方に自分が切る方向を教えているため、利き足とは逆方向に突破を許しても、衛星のようにサポートする残りのボランチが仕留めてしまう。その二人を振り切っても、最後尾の伊織が連動した壁として立ちはだかる。
二重三重に待ち構える中央の守備にかかり、偕成は効果的な攻撃を仕掛けられないでいた。
流れが変わり始めたのは前半の残り時間が十分を切った頃だった。
上手くいかない攻撃にしびれを切らし、敵が集中力を欠き始めたこともあるだろう。防戦一方だったレッドスワンが、次第にボールを持てるようになってくる。
経験も実力もある両SB、鬼武先輩と葉月先輩がボールをキープし始め、圭士朗さんを中心としたパス交換で、次第にマイボールの時間が長くなっていく。
防戦一方の展開では体力の消耗が激しい。
試合前のミーティングで、前半は相手のやり方に慣れることが第一の目標とされていた。
現在まで攻撃の形はほぼ作れていないものの、そんな状況でも選べる手段はある。常陸とリオの頭をめがけてクロスを上げるだけで、うちのチーム構成なら、脅威を作り出せるだろう。だが、世怜奈先生はそれを禁じていた。こちらの武器を早々に見せる必要はない。パワープレイは恐怖にも似た緊張感が生まれてくる試合終盤に仕掛けた方が効果を発揮する。クロスは極力上げないように指示されていた。ここまではプラン通りにゲームが進んでいる。
〇対〇のまま後半に突入出来れば、前半は及第点の出来と言えるだろう。
両チーム通じて、一度も決定機を迎えることがないまま、前半のアディショナルタイムに突入する。偕成学園の中には、主審の動きを気にする選手が何人か生まれていた。既に頭と心が後半戦へと向かっているのだ。
そして、世怜奈先生が狙っていたのは、まさにこのタイミングだった。
三十五分間、相手を抑え続けられたなら、アディショナルタイムに一度だけ攻勢を仕掛ける。そのための作戦が全員の頭に刻み込まれていた。
相手はまだ気付いていない。今、レッドスワンの陣形は、4‐4‐2に変更されている。リオが左サイドからFWの位置に上がり、長身ツートップになっているのだ。
相手が気を緩めたまさにその瞬間、左SBの葉月先輩からアーリークロスが放り込まれる。
左サイドを深くえぐって折り返す葉月先輩のクロスは、レッドスワンでも随一の攻撃力を誇ると言って良い。しかし、それは昨年も対戦した彼らの頭に刻まれている。対峙する選手は突破を許さないよう徹底的に縦を切って守っていた。しかし、長身の二人が中央に入った瞬間、葉月先輩はハーフウェイラインの手前からクロスを上げる。
高い位置で太陽の光を反射するボールの落下点に入ったのは、空間把握能力に長ける常陸だった。ゴールに背を向けたまま、ペナルティスポットの手前で大きくジャンプすると、圧倒的な高さのヘディングで、ボールをマイナスに落とす。
地面に転がったボールに反応したのは、誰もが予期せぬ人物だった。前半戦、一度として上がりを見せていなかった圭士朗さんが、後方から猛然と突っ込んで来ていたのだ。
このレベルでは、二列目の選手に対してディフェンスの警戒が緩むことはない。だが、三列目から飛び込んできた選手には、どうしても対応が遅れてしまう。
加えて、葉月先輩の上げたボールの質にも意図があった。先輩が蹴ったのは低い弾道ではなく、高い位置から落下するボールである。誰もが宙に目をやっていたため、走り込んでくる圭士朗さんに反応出来ていない。
ポストプレイヤーとしての技術を磨き続けた常陸のパスは、何処までも優しいものだった。
完璧に勢いを殺されたボールが芝生の上をバウンドし、走り込んだ圭士朗さんがキックモーションに入る。シュートコースに入っていたDFは一人としていなかった。
弾んだボールを直接シュートする、ハーフボレーは難しい。正しい位置をミート出来なければ、ボールが浮いてしまうからだ。しかし、決定的な場面において誰よりも冷静でいられるのが九条圭士朗という男である。セオリー通りに身体を横に倒し、力まずに右足を振り抜く。
次の瞬間、ゴールマウスの左隅に完璧なボレーシュートが突き刺さっていた。
今日までの四試合、圭士朗さんは引き立て役に徹し続けてきた。
そんな彼が奪った公式戦の初ゴールは、偕成学園を相手に奪った値千金の先制点だった。
一対〇という最高のスコアで、僕らはゲームを折り返すことになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます