第四話 夢幻の白鯨(5)


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 サッカーの世界には『バロンドール』という賞がある。

 フランスのサッカー専門誌が創設した、ヨーロッパの年間最優秀選手に贈られていた賞であり、二〇一〇年に国際サッカー連盟、FIFAフイーフアの最優秀選手賞と統合されたことで、名実共にサッカー選手にとって最も名誉ある賞として認知されることになった。

 例年、バロンドールの受賞者は、FWフオワードや攻撃的MFミツドフイルダーなど、前線の選手である場合が多い。分かりやすい形で得点が数字として残るため、評価を下しやすいのだろう。

 一方、DFデイフエンスGKゴールキーパーは、その評価が難しいポジションだ。そもそもサッカーというのは、ゴールが生まれにくいスポーツである。ハットトリックを決めた選手がはやされることはあっても、一試合を守り切った程度で、守備の選手が賞賛を一手に受けることは難しい。

 五月に偕成学園と戦った際、レッドスワンが最も警戒していたのは、タイプの異なる二人のFWだった。実際、どうじようこういちろうあきらに三つの得点を決められて逆転負けを喫したわけだし、僕らの理解は間違っていなかったと言えるだろう。しかし、偕成にはほかにも対策しておかねばならない相手がいた。あのゲームに敗戦した後で、僕は強くそう思った。


 トーナメントで同じ左側の山に入った赤羽高校と偕成学園は、準々決勝を同じ会場で戦う。

 レッドスワンは本日の一試合目に登場している。試合後に、事前に座席を取っていたスタンドに移動すると、加賀屋が挨拶に訪れた。

「とりあえず今日だけは祝福しておくぜ」

 偕成学園のキックオフは午後からだが、午前から会場入りし、一試合目の偵察をしていたようだった。僕らも会場で昼食を取り、この後の彼らの試合を視察することになる。

「三度目の正直だ。次はもう負けないよ」

「お前らが弱いとは思わないけど、ゆうのいないレッドスワンに負ける気はしないな」

「五月に追い詰められたことを忘れたのか?」

「あの時はこっちにも油断があった。でも、もう誰もお前らを格下だなんて思っていない。それにあの後、お前らの監督がインタビューで好き勝手に言ってただろ。うちの監督、あれが許せなかったみたいでな。今大会は初戦からガチガチにマークしている」

「そんなこと僕にばらして良いのか?」

「知ったところで、今更、お前らは手の内を隠しようがない」

 インターハイ予選との大きな違いは、こちらに正GKのかえでと新加入のてんがいることだ。

「君たちのGKは、とても良い選手だね」

 加賀屋の隣にいた偕成の選手が、フィールドに目を落としてそう言った。

 次の試合まで間があるとはいえ、僕らの試合は既に終わっている。もう引き上げていなければならないはずなのだが、フィールドの隅で三馬鹿トリオはまだふざけあっていた。

「ほとんど今日は仕事をしていなかったと思いますけど」

「ポジショニングを見れば分かるよ。彼、キックにも相当な自信があるように見えた」

 そこで、ようやく目の前の人物が誰なのか気付く。帽子をかぶっている彼は、偕成の正GKだ。

 インターハイ予選で敗北を喫した理由を一つだけ挙げるなら、僕は迷わず彼の存在を挙げる。彼に防がれた決定機は一つや二つじゃない。僕らはあの日、二点を奪ったが、チャンスの数で言えば、もう二、三点奪えても不思議ではないゲームだったのだ。

 GK、かいどうかずひこ。前回の対戦のMVPを選ぶなら、僕は彼に一票を入れる。

「今大会のナンバーワンGKは誰だと思いますか?」

「そう聞かれて自分以外の選手を挙げる奴は、守護神として相応しくないんじゃないかな」

 けんそんするでもなく、彼はそう言った。

 偕成の選手たちは、一般的な高校生とは大きく異なる事情を持つ。彼らが通うのは全国的にも珍しいサッカーの専門学校であり、そこが提携する通信制高校のカリキュラムを介して、必要な単位を取得しているのだ。

 サッカーを目的として進学した彼らが、三年生になったからといって引退するはずもない。戦力は一切落ちていないし、僕らに対する警戒心は前回より遥かに高いだろう。

「一つ伝えておきます。うちのGKは公式戦で、まだ一度も失点したことがありません。レッドスワンを五ヵ月前と同じチームだと思わない方が良い」

「随分な自信だな。GKが変わったくらいで、うちの前線を抑えられると思っているのか?」

「変わったのはGKだけじゃない。あなたたちも、すぐに気付くことになりますよ」

 五ヵ月前にも激突した僕らは、互いのことを既に深く理解していると言えるだろう。

 レッドスワンの試合に初戦から偵察を送り込み、万全の態勢を取っている。だから前回以上に、うちに勝つのは難しい。加賀屋は憐れむように言ったけれど、彼らには大きな勘違いがある。偕成が対策を立ててくることなど、言われるまでもなく承知しているのだ。

 万全の準備が出来ていると思い込んでいる相手を欺き、こちらの罠にはめてやる。


 新潟県を二強が支配する時代を、僕らがこの手で終わらせるのだ。


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