第二話 亡者の啓蒙(5)


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 迷走の四日間が過ぎ去り、二度目の練習試合からまいばらはチームの指揮を執り始めた。

 普段はチームジャージを着て部活に来ていた彼女だが、プロクラブの監督さながらにレディーススーツを纏い、ピッチサイドからてき、指示を出していく。

 初采配となったその試合で、世怜奈先生は四人のGKを試していた。温めていたアイデアだったのか大胆なコンバートもかんこうしたが、残念ながら結果は伴わない。停滞ムードを引きずるチームは、一対八という初戦を下回るスコアで敗北してしまう。

 しかし、チームには確かな新しい風も吹き込まれていた。

 前監督の下では、敗戦直後のミーティングは地獄絵図だったと言って良い。ミスを犯した選手が罵倒され、誰もが罰走などのペナルティにおびえなければならなかった。だが、大敗を喫したにも関わらず、世怜奈先生は選手一人一人の良かった点を挙げ、その上で改善出来る点、目標とすべき点を、具体的に列挙していく。

 この監督はレギュラー候補以外の選手も、注意深く見てくれている。誰もがそんな確信を抱ける程度には、彼女の観察眼は鋭かった。


 練習試合の結果は散々なものだったが、翌日からグラウンドの空気は一変する。

 世怜奈先生が主導する練習方法は、前監督とは百八十度異なるものだった。ストレッチの方法が根本から改良され、その後、未体験の練習メニューが消化されていく。

 何よりも驚きだったのは、ランニング以外のすべてのメニューでボールが使われたことだろう。あんなにも長い時間、生徒がボールを触る風景を見るのは初めてだった。

 十八名の生徒を、たった一人で把握するのは難しい。世怜奈先生は多くの練習メニューでチームを二つのグループに分け、片方はくすにその指揮を任せていた。

 昨日までの四日間、華代は文字通り雑用係としてしか振舞っていなかった。しかし、先生と入念な打ち合わせをしていたようで、すべての動的ストレッチを実演して見せたし、複雑なメニューに全員がついてこられるよう、担当グループに理路整然と説明をおこなっていく。

 個人的に意外だったのは、三馬鹿トリオの反応である。女性監督の言うことなんて絶対に聞かないと思っていたのに、意外にも彼らは輪を乱さなかった。おりいわく、頭の中が小学生だから女子の命令にはそれなりに従うらしい。


 新チームへの驚きは翌日以降も続く。

 ランニング以外のすべてのメニューが前日とは異なっていたのだ。飽きが発生して緊張感が失われることを避けるため、今後も様々な練習法が導入されていくという。

 前監督の指導下では、控えメンバーはボールを蹴る練習さえ満足にさせてもらえなかった。しかし、世怜奈先生によって体系化された新しいイデオロギーの下では、学年、実力を問わずに平等なメニューが与えられている。

 戦術練習はこれまでベンチ入りを果たしたAチームの特権だったが、新チームには実力によって区分けされたヒエラルキーが存在しない。

 ボールを使った練習ではテクニックがものをいう。実力差のある者と同じ練習をしなければならないことに、おにたけ先輩やかえでは露骨に不満の態度を見せていたが、監督が揺るぎなき哲学を持っている以上、誰が不満を口にしても状況は変わらない。


 積み上げられた伝統を覆して、練習風景には大きな変化が生じている。しかし、そういった革命にも似た変化が、すなわち状況の好転に結びつくわけではない。

 火曜日と金曜日に実施される練習試合では、相変わらず惨敗が続いていた。

 ろくにポジションも決まっていない上、大半の生徒が一年生である。

 世怜奈先生の指導によって練習メニューには大幅な知性が取り入れられたものの、以前と比べて圧倒的に練習時間は減ったし、その中身もチームメイトとの関係性を構築するようなものが大半である。試合を想定した具体的な練習は始まってすらいない。

 トライ&エラーの実験でも繰り返すように、世怜奈先生は様々な練習法を実践している。無数に用意されたメニューが引き出しから尽きるということはなかったが、いかんせん、それらの革新的な練習は結果に結びついていなかった。


 部活動が再開して一ヵ月、チームは未だに練習試合で一勝も出来ていなかった。

 失点が多いせいで引き分けにすら持ちこめていないのが実状である。

 かんづきに入り、チームの空気ははっきりと二分されていた。

 世怜奈先生の指導を歓迎する者がいる一方で、勝利を至上命題としないメニューに苛立ちを隠せない者もいる。部内には明らかに不穏な空気が漂い始めていた。

 レギュラーを明確に決めるべきだ。実力差に関係なく、全員に均等な出場時間が与えられる今のやり方には納得がいかない。これ以上、負けが続くのは耐えられない。

 鬼武先輩や楓は先生に聞こえるように、公然と不満を口にするようになっている。


 そして、チームが九度目の敗北を喫した日の翌日。

 レッドスワンには、ある一つの造反が発生することになる。


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