第六話 赤白鳥の奏鳴(2)ー2
誰がどう見てもレッドスワンの両SBは強い。鬼武先輩と葉月先輩が守るサイドを崩せないからこそ、これまでに対戦してきた多くのチームは中央で勝負を仕掛けてきている。
しかし、レッドスワンのCBには、俊敏で機動力に長ける
長い時間をかけて組織してきた中央の守備は鉄壁だ。自陣深くに引いていれば、正面からの攻撃では絶対に崩されない。そう言い切れるだけの強さがあった。
だが、この試合では前提条件が覆されている。敵は鬼武先輩と葉月先輩が守るサイドに人数を割き、類まれなる連携を使って、何度も両サイドに深い
正面から放り込まれたボールと、サイドから送り込まれたボールでは、脅威の度合いが違う。サイドをえぐられてのクロスでは、角度というアドバンテージを失うことになるからだ。
真正面から放り込まれたボールであれば、伊織が負けることはない。しかし、今日は真横からのクロスに対し、自分よりも高くて強いクラウディウスを止めなければならない。
キックオフ直後こそ決定機を許してしまったが、それ以降は奇襲に動じず、クラウディウスの攻撃をことごとく阻止していく。たとえボールの競い合いに勝てなくても、身体を寄せ、一度としてクラウディウスに満足な体勢ではシュートを打たせなかった。
チームの戦力差を考えれば、このまま最後までボールを支配され続けることだろう。
ダイアゴナルランで敵を攪乱出来る
「翔督に勝つ方法は一つだけよ。無失点に抑えた上で、セットプレーから点を取るか、スコアレスでPK戦に持ち込むしかない」
二日前の時点で、世怜奈先生はそう明言していた。
もちろん、先制点を取られてしまえば、こちらも攻め上がるしかなくなる。そうなった場合の戦い方も用意してはあるが、それが現実的な作戦でないことは誰もが理解していた。
レッドスワンの攻撃力で、流れの中から得点を奪うことは難しい。前に出て行けば失点する確率も上がる。守備のバランスを崩したら最後、ここまで翔督に粉砕されてきた数々のチームの二の舞を演じかねない。
今日も延長戦はない。奇襲が不可能な以上、どう考えてもPK戦を狙うのが妥当だろう。
こちらのGKは楓だ。GKの質だけは確実にこちらに軍配が上がるはずだ。
翔督を倒したいなら、九十分間を耐え抜き、PK戦に持ち込むしかない。
レッドスワンには時間稼ぎをおこなうための手段が二つある。
一つはCBとSBを最前線まで上げる『超長距離セットプレー』だ。伊織と鬼武先輩がゆっくりと最前線まで上がるため、時間をたっぷりと使えるし、こちらのセットプレーを止めるために、敵もほとんどの選手が自陣の深い位置まで戻される。
もう一つは、高校選手権から導入した鬼武先輩の『ロングスロー』だ。どんな位置でタッチラインを割ろうが、
二つのプレーで敵のリズムを破壊しつつ、時間を大量に使って容赦なく
しかし、翔督はそんな攻撃に対して、完璧な準備をおこなっていた。レッドスワンの武器をよく理解しており、こちらの思惑を徹底的に邪魔してきたのだ。キックオフ直後から、翔督は驚くほどクリーンにプレーしており、ファウルをほとんど犯していない。サイド攻撃を多く仕掛けながらも、スローインを与えかねない
相手の長所を徹底的に殺し、自分たちのフィールドに引きずり込んで戦う。それは、世怜奈先生がいつも実践している戦い方である。今日はそれを敵にやられていた。
守っても守っても跳ね返したボールを拾われ、右から左からの波状攻撃に晒される。
それでも、伊織を中心として、仲間たちは必死に水際で食い止め続けていた。
変幻自在な攻撃に
ルーズボールを穂高が必死に拾い、シュートコースに伊織が身体を投げ出し、防ぎ切れなかったシュートは、楓が最終ラインでブロックする。
高校選手権への出場を決めた後、圧倒的な攻撃力を持つ敵と戦うことを想定して、世怜奈先生は何度かこちらの人数だけを減らした形の練習試合をおこなっている。だが、そんな形の練習試合でも、ここまで攻め立てられたことはない。
あまりにも一方的な展開だったけれど、イレブンは気持ちで負けていなかった。
敵が自分たちより強いことなど百も承知だ。
「これで良い! 自信を持て! 俺たちは全員が戦えている!」
守備陣の中心で、キャプテンマークを巻く伊織が叫ぶ。
「絶対に集中力を切らすな! 得点を奪われない限り、俺たちの勝ちだ!」
伊織の闘志に鼓舞され、実に四十五分続いた劣勢を仲間たちは跳ね返し続ける。
翔督との準決勝は、〇対〇のまま後半戦へと進むことになった。
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