第六話 赤白鳥の奏鳴(3)


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 準決勝からは試合時間が増えたことに伴い、ハーフタイムも十五分になる。

 ドレッシングルームに戻った先発メンバーは、四十五分の猛攻を耐えたことに高揚しているものの、疲労の色をありありと見せていた。

 SBサイドバツクにポジションをコンバートして以来、おにたけ先輩とづき先輩がここまでほんろうされる姿は見たことがない。二人は心配になるほどに疲れ切っていた。四回戦で葉月先輩は試合の終盤に足をつっている。今日こそはタイムアップまで持たないかもしれない。

 葉月先輩は後輩にマッサージをしてもらいながら、サマーベッドに突っ伏していた。

 普段の先輩であればハーフタイムにはずっと髪型を直している。本当に限界ギリギリで戦っているのだろう。

おり、悪かったな。何度も俺のサイドからチャンスを作られちまった」

 上半身のユニフォームを着替えた後で、鬼武先輩が申し訳なさそうに告げる。

「正直、ここまでやられるとは思ってなかった。CBセンターバツクに迷惑をかけちまって情けない」

 鬼武先輩は悔しそうに、空になったペットボトルを握り潰す。

「問題ないです。つーか、先輩がいなきゃ、とっくにやられていますよ。後半もクロスは全部食い止めますので、今まで通りペナルティエリアへのカットインを防いで欲しいです」

「すまない。そうさせてもらう」

「鬼武先輩、カードも気をつけて下さいね。先輩無しじゃ決勝を戦えません」

 僕の言葉に対し、先輩は苦しそうな顔で笑って見せた。

「もちろん、そのつもりだけどな。足にもかなり疲労がきてる。正直、約束は出来ねえ」

 そう言って立ち上がると、鬼武先輩は二年生の控えSB、れんの肩に腕をかけた。

「決勝は明後日だ。俺と葉月がこんな状態だからな。蓮司、次は確実にお前の出番が来るぞ。心の準備を整えておけよ。決勝までは俺たちで連れてってやるからな」

「俺は決勝戦が終わるまで交代しないぞ。最後まで目立って推薦をもらわなきゃだからな。蓮司を出場させたいならしんすけがベンチに下がれよ」

「まったく、お前はその調子でよくそんなことが言えるな」

 ドレッシングルームに戻るなりサマーベッドに倒れ込んだ葉月先輩は、未だに一歩も動いていない。誰よりも疲労していることは明白だが、強い気持ちは切らせていなかった。


 控室に戻るなり先生はCBのだかもりこし先輩、それに控えのけんを呼び、ずっと早口で何かを説明している。

 前半戦、キックオフ直後こそ決定機を作られたものの、それ以降、伊織はエースのクラウディウスに、ほとんど仕事をさせていなかった。

 一方、穂高と森越先輩がダブルマークについたもう一人のエース、ざきりんいちろうには定期的にシュートを打たれている。今日の試合に限っていえば、伊織がマークについているクラウディウスよりも、江崎の方が得点をあげる可能性が高いだろう。先生もそう分かっているから、穂高たちに守備の修正を指示しているのだ。

 穂高と森越先輩は途中交代も挟みながら、ここまでの三試合すべてに出場している。体力のある穂高はともかく、身体を張ることが仕事の森越先輩は消耗度も激しい。賢哉にも修正指示を聞かせているのは、後半の選手交代を見越してのことだろう。

 やがて、三人への説明を終えた先生が、ドレッシングルームの中央に立った。

 ベンチを外れてスタンド観戦を続けていた三人も、この部屋に集合している。怪我で試合に出られない彼らには、敵ベンチやテレビ放送をチェックしてもらっている。アップの仕方やコーチからの指示を受けている姿で、交代で出場する選手は事前に予想出来る。知性を最大の武器とするレッドスワンにおいて、素早く正確な情報収集は生命線だった。

「想像以上に敵は強かった。だけど、それ以上に私たちの守備は鉄壁だった」

 二十四人の生徒たち、医療スタッフとして試合に帯同している医師、自分を取り囲む二十五人をグルリと見回してから、世怜奈先生は話し始める。

「正直、ここまで完璧に対策されるとは予想していなかった。APTを下げるための作戦は、後半もろくに使い物にならないはずよ。ただ、絶望的な状況というわけでもない。PK戦にさえ持ち込めれば、七割以上の確率で勝てるでしょうからね。つまり、現状のままで構わない。あと四十五分間、敵の猛攻をしのぎ切れば、こちらの勝ちよ」

 全選手が先生の話に真剣に耳を傾けている。

じゆんたくな選手層を武器に勝ち上がってきた翔督とレッドスワンじゃ、コンディションにうんでいの差がある。守備に走らされているせいで、今日の消耗もこちらの方が激しい。試合時間が進めば進むほど、向こうが有利になるわ。だけど、幸いにもまだ四枚の選手交代という武器が残っている。上手く時間を使ってゲームの流れを殺していきましょう。後半は右サイドがベンチ側になるから、交代でピッチを出る選手は、ボールが切れる直前、必ず左サイドのコーナーを目指すこと。それから、たっぷりと時間を使ってベンチに戻って来なさい」

 翔督はファウルを犯さないよう細心の注意を払っている。ロングスローを封じるために、ボールがタッチラインを割ることもしつように避けている。セットプレーによってゲームの流れを殺せない以上、残る手段は選手交代だけだ。

「皆の疲労度は理解している。今日は早めに選手交代をしていくわ。交代直後はマークがずれやすい。途中投入の選手が混乱しないよう、必ず声をかけ合うこと。もう一度、確認するわよ。同点なら私たちが勝ち上がる。このままで良いの。冷静にゲームを進めていきなさい」

 明確なゲーム方針を告げ、全員の頭の中で目的を統一する。

「勝負では二回目の失敗が致命傷になる。今日も同じよ。たとえ先制点を奪われたとしても、一点だけなら勝負は最後まで分からない。なみ高校との決勝戦を思い出して。あの日も前線にボールを運べなかったけど、長距離セットプレーから得点を奪っている。私たちにはどんな位置からでも点を取れるという武器があるの。一点差なら勝負は分からない。たとえ何が起きても絶対に冷静さを失っては駄目。敵より頭を使って、決勝に勝ち進むわよ!」


 指揮官のげきを受け、全員で円陣を組んでいく。

 泣いても笑っても残りは四十五分、勝者はたった一チームだけだ。


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