最終話 赤白鳥の星冠(6)
6
疑いようもなく劇的な瞬間が訪れていた。
決勝点を叩き込んだ
引き寄せられるように、近くにいた仲間たちが次々と伊織に駆け寄っていった。
『強いチームには、求心力のあるキャプテンが必要だ』
新チームが立ち上がった後、
実力という意味でも、精神的な意味でも、伊織はこの一年間、チームを先頭に立って引っ張ってきた。歓喜の輪の中心で拳を突き上げる伊織は、疑いようもなく新生レッドスワンの真のリーダーだった。
最終ラインで守備を統率し、エースを仕留め、セットプレーでは敵に痛恨の一撃を放つ。大会を通じて
「
仲間たちを引きつれて、堂々たる歩みで伊織はベンチに戻ってくる。
両手を上げた僕とハイタッチを交わすと、伊織は
誰よりも大きな伊織の背中に、
「先生! これで廃部の話も無しだよな! 続けて良いんだよな!」
「新しい決め台詞をテル・ミー! ティーチ・ミー! キス・ミー!」
「おい、優雅! お前と同じ日本代表を止めたってことは、つまり、俺がお前を越えたってことだからな! ざまあみろ!」
何をざまあみれば良いのか分からないが、三馬鹿トリオも勝利に興奮を隠せずにいた。
「皆! 時代を
笑顔の監督に送り出され、最後の挨拶のためにイレブンがフィールドに戻って行く。
美波高校の関係者にとっては最悪の結末だろうが、この場に詰めかけた多くの人間にとって、挑戦者が王者を打ち倒した展開は爽快なものだったことだろう。
鳴りやまない歓声が、それを
土曜日であるにも関わらず、振替授業の名目で観戦を義務付けられたことに、サッカーに興味を持たない生徒たちからは不満の声が多く上がったと聞く。しかし、整列の後で挨拶に出向くと、赤羽高校の生徒たちから割れんばかりの拍手が送られてきた。
僕に対する黄色い歓声と共に、伊織の名を呼ぶ声も多く聞こえてくる。
ルールが分からないスポーツの観戦はつまらない。だが、サッカーは敵のゴールに多くのボールを蹴り込んだチームが勝つだけの、シンプルなスポーツだ。
レッドスワンが見せた
試合終了後の監督インタビューは、案の定、荒れに荒れることとなった。
ドレッシングルームに戻ると、華代がタブレットにテレビ中継を映しており、再び、世怜奈先生と
『あなたは恥を知るべきだ! 高校生にあんな戦い方をさせて恥ずかしくないのか!』
一週間前のすまし顔が噓のように、手塚は顔を真っ赤にしていた。
『サッカーはボールを繫いで、ゴールを目指す競技だ。セットプレーでしか攻めないなんて、競技に対する
インタビュアーからマイクを奪い取り、世怜奈先生を
『あなたたちのようなチームが新潟の代表になることを、僕は心から恥ずかしく思う!』
『本当に強いチームが代表になった。ただ、それだけのことです』
手塚とは対照的に、世怜奈先生は穏やかな眼差しを浮かべていた。
『本当に強いチーム? 笑わせないでくれ。守備ではゴール前に引いて固まるだけ。攻撃ではセットプレー以外に手段を持たない。そんなチームの何処が強いんだ!』
『では、あなたは美波高校の方が強かったと言いたいのですか?』
『こちらの攻撃陣が作ったチャンスの数を集計してみると良い。守備陣だって流れの中から一度もチャンスを作らせなかった。勝利に相応しかったチームは
いつもの緊張感のない顔で、世怜奈先生は
『何がおかしい?』
『美波高校の方が勝者に相応しい。何故なら、攻撃的な選手も、守備的な選手も、美波高校の方が活躍していたからだ。あなたがそう思うのなら、そうなのでしょう。ただ、悲しいかな、それは一つの回答をこの場に提示しますね』
世怜奈先生は自らのこめかみの辺りを、トントンと人差し指で叩く。
『監督の知性の差です』
本日、僕らが取った戦い方は、サッカーという競技の本質から考えれば、褒められるやり方ではないだろう。ルールにのっとって戦った以上、恥じる必要はないが、スマートなやり方でなかったことは全員が自覚している。
だからこそ、世怜奈先生は注目を浴びる場で、挑発的な言葉を繰り返す。自分に注目を集め、非難や批判を一手に引き受け、選手に余計な負担がかからないようにしているのだ。
軽井沢合宿が終わった後で、世怜奈先生は部員を集めてこう言った。
「私たちはこの一年間、守備的なチームを作り上げてきた。その前提を踏まえて、もう一度、話をしたい。皆も理解したと思うけど、守るのは攻めるより簡単でしょ? 作り上げることより、崩す方がずっと容易い。戦術的なファウルを犯し、自陣に引いて相手の長所を壊してやれば良いだけだからね。逆に作り上げることは、つまり、攻めることはとても難しい。でも、教師として正直に伝えるなら、壊すより作り上げることの方が絶対に素敵な人生だと思う」
珍しく真剣な眼差しで、世怜奈先生は皆に想いを伝えていた。
「だけど、夢を見る前に現実を見なければならない。大舞台で戦う経験、
心臓の辺りに手を当てて、彼女は真摯な想いを吐き出す。
「だから私はこう思う。どんな手を使ってでも、今はひたすらに勝利だけを目指していく。勝ち続けることでしか手に入らない経験値を、このチームに蓄積していくために」
僕たちは皆、世怜奈先生の想いを知っている。
彼女がどういう想いで今の采配を振っているかを、誤解なく理解している。
舞原世怜奈は僕らの未来のために、矢面に立っているのだ。
決勝戦の後でおこなわれた監督インタビュー。
世怜奈先生の口から飛び出した挑発的な断言に、手塚は言葉を失っていた。
『インターハイ予選の後、私が口にした言葉を多くの見識者が
頰を引きつらせる手塚から視線を外し、世怜奈先生はカメラを見据えた。
『レッドスワンは廃部にはなりません。私が監督を辞任することも、美波高校に赴任してコーチになることも有り得ない。何故なら現時点で証明されてしまったからです。新潟県の高校サッカー界に、私よりも有能な監督は存在しない』
舞原世怜奈は恐ろしく絵になる女性だ。普段はふわふわとした緊張感のない笑みを浮かべているくせに、一度スイッチが入ると、その高貴な容姿は何処までも鋭利な武器になる。
『手塚先生。あなた個人の告白にもお答えします』
『あなたと交際することはありません。あなた程度の男では、私の恋人に相応しくない』
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