最終話 赤白鳥の星冠(7)


             7


 それは、僕が初めて目にする光景だった。

 決勝戦を終えたサッカー部は、マイクロバスに乗って学校に戻った後で解散となる。

 疲労しているのは試合に出場した選手だけじゃない。

 極度の緊張状態から解放され、ようやく一息つけるようになったというのに、全部員がそのままグラウンドに飛び出していったのだ。

 普段、三馬鹿トリオやづき先輩は自主練習をおこなわない。練習嫌いな彼らは、部活動が終了すると我先にと帰っていくのに、今日は四人も帰宅せずにグラウンドに出ていった。

 勝ち得た成果が、手に入れた高校選手権出場のチケットが、心と肉体を奮い立たせているのだろう。

 勝利することでしか見えない風景がある。自信を手に入れることでしか経験出来ない衝動がある。世怜奈先生が僕らに告げた言葉は真実だった。

 サッカー部が再集合していると聞きつけ、部活のために学校へやって来た生徒のみならず、教師陣までもが練習を眺めにグラウンドを訪れる。

 二十年という時をけみして、レッドスワンは再び赤羽高校の誇りになろうとしていた。


 晩秋の空が薄闇に染まった頃、の発声により、ようやく自主練習が終わりを迎えた。

 先週に続き、決戦翌日の日曜日を世怜奈先生は完全休養日とするつもりだったが、部員の強い要望により、明日も午前の練習がおこなわれることに決まる。

 成し遂げた勝利が嬉しくて、こうようかんで満たされているからだろうか。

 未だに心がうわついていた。未来にせる想いが、胸の余白をめいっぱいに占めている。

 帰宅するためのバスに乗り込み、

「華代からもらった手紙を読んだよ」

 そんな風におりに告げられるまで、僕は本日が、もう一つの重大な結論にほうちやくする日だということを失念していた。

 一週間前、偕成学園に勝利した後で、華代は伊織に告白の返事を手紙で渡している。決勝戦の結果で回答は変わらないからと、一足早く結論をたくしていたのだ。

「……全然気付かなかった。伊織、さっきまで皆とグラウンドにいたよね。いつの間に?」

「学校に戻るバスの中で読んだ。隣に座ってたのがけいろうさんだったからさ」

 華代に対する想いを、伊織は僕や圭士朗さんに隠していない。

 周囲の人間も、さすがにそろそろ勘付いても良さそうだと思うのだけれど……。


「振られたよ。そういう風には見れないって書かれてた」


 なげくでも、ちようするでもなく、伊織はそんな風に淡々と告げた。

「……そっか。ここ最近の二人を見ていたら、華代はOKするんだろうなって思ってた」

「俺も振られるとは思ってなかった。うぬれてたのかな」

 伊織は車窓を流れる景色に目を向けた。

「『そういう風には見れない』って、どういう意味なんだろうな」

 枯れ葉もまとわないぼうの街路樹が、やけにもの寂しい。

「今まで何度か告白されてきたけど、いつも断ったらそれで終わりだって思ってた。告白への回答が出た時点で、自分にとっても、相手にとっても、それで終わりなんだと思ってたよ。でも、告白した側からしたら、そんな簡単にエンドマークをつけられる話じゃないよな」

 痛々しい微笑を浮かべながら、伊織は僕を見つめる。

「何で振られたのかもよく分からないし、もう少しだけ頑張ってみようかなって思ってる。迷惑だって思われない程度に食い下がってみるさ」

「……伊織らしいな」

「そうか?」

「伊織、諦めるのって嫌いだろ?」

「そうかもな。ただ、世の中にはストーカーって言葉もあるだろ。節度ある範囲内で頑張ってみるさ。まだ、今は何をどう頑張れば良いのかも分かんねえけど」

 恋愛というのは、なかなかに上手くいかないものらしい。

 さんに向けられた圭士朗さんのベクトルも、華代に向けられた伊織のベクトルも、僕は純粋な気持ちで応援していたのに、共に成就する未来を見届けることが出来なかった。


 好きになった人に好きになってもらう。

 たった、それだけのことが、どうしてこんなにも難しいんだろう。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る