第三話 子建八斗の黎明(2)


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 宿舎に戻ったタイミングで、携帯電話がさんからのメールを受信した。

 二回戦の勝利を祝福するメッセージだろうか。

 真扶由さんは冬休みを利用して、明日から数日、埼玉の祖父の家に泊まるという。レッドスワンが三回戦に勝利すれば、五日の四回戦も観戦したいと言っていた。

 メールを読んでも今は返信する時間がない。携帯電話に届いたメッセージのことは一度忘れ、ミーティングルームへと向かうことにした。


 二十時間後には三回戦のキックオフを迎える。

 その試合に勝利すれば、中一日で準々決勝だ。レッドスワンの選手層では主力の大半が連戦となる。激戦を終えた選手たちには、とにかく疲労から回復することに集中して欲しい。

 まずは先生と二人だけで、三回戦の対策を詰めていくことになった。

「抽選の組み合わせを見た時はかんべんしてよって思ったけどさ。三回戦だけは恵まれたかもね」

 同日に別会場でおこなわれた、次回対戦相手の二回戦。

 録画しておいた試合映像を見ながら、世怜奈先生はそう呟いた。

「敵の消耗度は、僕らの比じゃないですね」

 いきなり前年度王者とぶつかることになり、準決勝ではインターハイ王者と相見あいまみえる可能性が高い。トーナメントの抽選結果はひどいものだったけれど、救いがないわけでもなかった。

 僕らは二回戦から登場する十六校のシード枠に入っている。そのお陰で一昨日の一回戦を戦っていない。一方、明日の対戦相手は、四日間で三試合目である。しかも本日の二回戦で主力が一人、負傷退場しており、キャプテンがイエローカードの累積で、三回戦に出場出来なくなっていた。

「彼らは一回戦と二回戦で、先発メンバーを替えていない。主力と控えの実力差が激しいってことでしょうね。キープレイヤーが二人欠場するのは、こちらのアドバンテージになる」

「僕らはどうしますか? 主力を休ませられるのは、多分、明日の三回戦が最初で最後です」

「とりあえず元気いっぱいのてんは使う。レギュラーで疲労が激しいのは誰か分かる?」

「消耗がけんちよなのは常陸ひたちとリオです。ボールをキープするために身体を張っていたので、ぼくも何ヵ所か負っています。青陽は後半、かなりプレーが荒かったですから」

「かと言って、あの二人を同時に外したら、前線に高さがなくなる。前後半、半分に割り切ってプレーしてもらうのが現実的かもね」

「だとすると常陸が前半ですよね? PK戦にもつれた時は、リオに蹴って欲しいですから」

「うん。それで問題ないわ。得点感覚が残っている内に、常陸には場数を踏ませたい」

「あとはもりこし先輩とろうも足をつる寸前でした。二人も明日は難しいかもしれません」

 僕らは決勝戦まで戦うつもりでいる。本日、超守備的な布陣を取り、アクチユアル・プレーイング・タイムを下げながら戦ったことには、連戦に備えて疲労を溜めないという目的もあった。

 三回戦の相手、京都代表のおと学園と、レッドスワンの現存体力には開きがあるはずだ。

「率直に言って、音和は青陽やなみと比べれば二段も三段も戦力が劣る。あなどることは出来ないけど、彼らの疲労度を考慮すれば、正面からぶつかっても勝てる気がする」

 同意見だった。サッカーは極めて強いフィジカルが要求されるスポーツである。どれだけ気持ちが高揚していようと、走力がなければ土俵にさえ上がれない競技だ。

「攻撃的な戦術はゆうの方が得意だしね。予定通り明日の指揮は優雅に任せるよ。時間は幾らあっても足りない。私は四回戦と準決勝の対策を始めたい」

「分かりました。そうなると思っていたので、一回戦が終わった後から準備を進めています。正直、音和が勝ち残ってくれた方がやりやすいとも思っていました」

「うん。頼もしいな。優雅もすっかり成長したね」

 秋に戦った県予選、世怜奈先生は決勝の美波高校対策に集中したいという理由で、かいせい戦の指揮を僕に任せてきた。準決勝で負ければ、そもそも決勝でも戦えなくなる。あの時は先生の正気を疑いもしたけれど、今ならばあの日のもくが理解出来る。

 知性を使って勝利を目指すには、大前提として徹底的に対戦相手を研究することが必要になる。しかし、この過密日程では戦術を練るための時間が絶対的に不足してしまうのだ。チームスタッフの少ないレッドスワンでは、分担出来ることは分担していかなければならない。

 県予選でリスクをおかしてまで僕に経験を積ませたのは、全国大会を見越して、アシスタントコーチを成長させたかったからなのだろう。でも、本当にそれだけだろうか。

 世怜奈先生は四次元的に世界をかんしている人だ。

 僕らの目標は高校選手権で優勝することだが、彼女の目標はもっと高次元に設定されている。注目度抜群の高校選手権で結果を出し、世の中に実力を認めさせることで、プロクラブの世界へと飛び込んでいく。それこそが世怜奈先生が抱く野望である。

 選手層が薄いチームを率いて、高校選手権の頂点に立ったとすれば、それは監督の手腕以外の何物でもない。大会後、プロクラブからの引き抜きがあっても不思議ではない気がする。先生が僕をきたえているのは、自分が去った後のレッドスワンを考えての配慮なのかもしれない。

「優雅。突然、深刻な顔をしてどうしたの? 何か不安があるなら言ってね。三回戦の指揮は任せるって言ったけど、もちろん、私だって協力するから」

 ……聞けるわけがない。崩壊寸前だったレッドスワンを再生させたのは世怜奈先生だ。

 先生がいなければ、僕らはとっくの昔に駄目になっていた。

 夢の舞台まで連れてきてくれた彼女が、旅立ちを望むのであれば、僕らはきっと……。


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