第三話 子建八斗の黎明(3)ー1
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午後六時、団欒ルームで作戦の詳細を詰めていたら、
心なしか二人とも試合後より顔色が良いように見える。
「お帰り。酸素キャビンはどうだった?」
「途中で気持ち良くなって
「心なしか身体が軽くなったように思う。ただ、それ以上に感じたのは、対戦相手に勝る手段で回復を図ったって確信から得られる、精神的な効能かもな。やれるだけのことをやったという充足は、肉体を鼓舞するはずだ」
日程が肉体に及ぼす影響という意味では、次の三回戦が間違いなく一番の山場である。
レッドスワンの二回戦と三回戦は、どちらも十四時十分のキックオフのため、試合終了から次の試合のキックオフまでには二十二時間しかない。
本日、僕らはロングスローやセットプレー、コーナー付近でのボールキープにたっぷりと時間を使っている。十六試合おこなわれた二回戦、全試合の中で、APTは最も低かったはずだ。交代枠も上限の四枠を使い、十五名の選手で戦っている。体力の消耗を極力減らしながら戦ったとはいえ、敵は前年度王者である。先発メンバーの疲労は目に見えて明らかだ。
しかし、想定され得る問題に、対策を用意しない
彼女は新潟では知らない者がない旧家、
どんなチームよりも頭を使って勝つ。お金を使って出来ることは全部やる。そんなモットーに従い、連戦を乗り切るために先生はある策を用意していた。高気圧酸素療法の理論に基づいて商品化された酸素キャビンを用い、選手の疲労回復を図ることにしたのだ。
酸素キャビンとは、通常より高い気圧をかけられた室内で、高濃度酸素を摂取することにより動脈血中の酸素濃度を高める環境機器である。体内の酸素量が増えれば、疲労物質を分解、除去しやすくなるのだ。
先生は宿舎の近くで酸素キャビンを設置している施設を事前に探し、一ヵ月以上前から事情を説明して、正月三が日中の予約も取り付けていた。
「三回戦の指揮は僕が執ることになったよ。世怜奈先生は四回戦の準備を始めている」
「そうなると思ってたぜ。わざわざバトンタッチするより、分析を進めていた
伊織も圭士朗さんも、特に意外そうな顔は見せなかった。
「作戦はまとまりそうか?」
「輪郭は見えてきたかな。とりあえず元気いっぱいの
夏休み明けに加入した
左利きの割合は一割強と言われるが、右利きの選手だけで良いチームを作るのは難しい。敵からのプレスを受けた際、大抵の選手は利き足の側に身体を開き、ボールを相手から遠い位置に置くため、押し込まれるゲーム展開では、必然的にパスが右方向に
しかし、そこに左利きの選手を混ぜることで、攻撃が一辺倒になることを防ぐことが出来る。仮に右サイドにボールが集まったとしても、右ウイングに天馬がいれば、左足のドリブルで中に切り込み、状況を改善することも出来るだろう。
「最近は守備もさぼらなくなってきたしな。あとはもうちょっとスタミナがありゃ、不動のレギュラーにだってなれるんだが」
「そうだね。でも、あいつはまだ十六歳だ。これからだよ。明日の試合にはさ、一つ、個人的な野望もあるんだ。今日は十五人が出場しただろ? 負傷中の
世怜奈先生が
華代を含めた二十四人で、今日まで歩いてきたのだ。全員で誇りと自信を勝ち取りたい。
「相変わらず、お前は大胆だよな。全国の舞台でも冒険しようってんだから」
「いや、冒険じゃないんだよ。僕だって出来れば、ボランチより後ろの
「そいつは気の毒な話だな。俺もチビで俊敏な奴の裏抜けが一番苦手だ」
部内の練習試合で伊織が最も苦手としていたのは、ほかならぬCBの相方、
背の高い伊織は、足が長く目線も高い。一対一の戦いには尋常ではない強さを見せるものの、死角からの裏抜けに対しては今も課題を残す。
「向こうは四日間で三試合目だ。スピード勝負が一番嫌だろ? 二列目に明日が初戦の
「敵の状況を鑑みれば、確かに高さ勝負より効果的かもな」
同意するように頷いてから、圭士朗さんが続ける。
「恐らく向こうの準備期間は今日一日だけだ。俺たちが勝ち上がるとは思っていなかっただろうからな。セットプレー対策を立てるだけで精一杯、平面勝負を仕掛けてくるとは夢にも思っていないはずだ。酸素キャビンの中で資料を読んだが、向こうのGKは上背がない。三人が沢山ファウルをもらってくれれば、直接フリーキックでも仕留められるかもしれない」
本日の試合でも、圭士朗さんは抜群の動きを見せていた。身体も心も充実しているのだろう。明日は圭士朗さんのフリーキックにも期待出来そうだった。
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