第三話 子建八斗の黎明(3)ー2


 知性を武器にして戦うというのは、たとえ一パーセントに満たない数字であったとしても、勝利の確率を上げるために出来る行為を、すべて実践するということだ。

 大晦日に一回戦が、一月二日に二回戦がおこなわれる高校選手権。

 なかとなる元日に、必勝を祈願するためにはつもうでに出掛ける高校もあると聞く。けれど、そんなことをしたって勝率は絶対に上がらない。決戦の前日に集団で人混みへ出掛け、宗派も分からない神にもうしん的に祈り、風邪でもうつされたら馬鹿の極みである。

 高校選手権に乗り込むにあたり、世怜奈先生は宿舎を選定する段階から徹底的に頭を使ってきた。出場を決める前から候補となる宿舎を複数押さえ、組み合わせ抽選後に、競技会場への交通の便を考慮して、最も適切な宿舎を貸し切っている。

 合宿に入ってからも、先生は選手の過ごし方を完璧に管理していた。

 体調を整えるためには睡眠の質が重要になる。携帯電話が発するブルーライトは、相当にエネルギーが強い光であり、不眠症や睡眠障害の原因となり得る。深夜に携帯電話に連絡が入り、眠りを妨げられるということもあるだろう。

 世怜奈先生は知性の狭間に、不確定な要素が侵入することを許さない。

 保護者や友人への連絡は夕食前におこなうよう徹底されており、僕以外のベンチ入りメンバーは全員が例外なく、午後八時以降、携帯電話をに預けることになっていた。

 各部屋のテレビも受信出来ないよう設定されており、対戦相手の試合や、チームのダイジェストを編集した映像、プロクラブの試合映像のみが貸し出しで視聴出来るようになっていた。

 高校サッカーに身を投じた者にとって、高校選手権を超える夢の舞台はない。世怜奈先生の管理は徹底していたが、異論や不満を唱える者は誰一人としていなかった。


 レッドスワンには朝練がない。

 放課後の練習も、必ず二時間以内に収まるよう設定されている。

 毎日、六時間、七時間という練習をしている強豪校も珍しくない。高校時代の想い出はサッカーしかない。そんな話をプロになった選手の口から聞くこともある。実際、監督が替わる前のレッドスワンも、そういう高校の一つだった。

 現在の僕らよりも長時間の練習に明け暮れているチームは山ほどあるだろう。

 だが、勝利するのはレッドスワンだ。

 大切なのは時間ではなく質であり、目標に向かって正しく走り切る知性だからだ。


 今日、出来る準備はここまでだろうか。時計に目をやると、既に日付が変わっていた。

 明日は朝一で、世怜奈先生とミーティングをおこなうことになっている。そろそろ寝ようかと考えたタイミングで、さんからのメールが届いていたことを思い出した。

 試合に出場しない僕は、携帯電話を華代に預けていない。

『二回戦突破おめでとう! 緊張で呼吸をするのも忘れるくらい見入っちゃった。明日の朝、お父さんの車でおちゃんの家に向かうことになったので、予定通り、三回戦を会場に観に行きたいと思います。レッドスワンの活躍を楽しみにしているね!』

 テレビ越しでも、試合中にレッドスワンがブーイングを浴びていたことは分かったはずだ。

 彼女は今日、本当はどんな気持ちでゲームを見ていたんだろう。防戦一方で時間稼ぎに終始するチームを見て、たまれない気持ちになったりはしなかったのだろうか。

 何度、画面をスクロールしても、彼女の本当の気持ちはぎようかんから読み取れなかった。


 僕なんかのことを真っ直ぐに好きでいてくれる彼女を、もっと理解したいと思う。誠実に向き合いたいとも思う。それなのに、たった一行の返信さえ送ることが出来なかった。

 もう日付が変わってしまったからとか、彼女も明日は朝早いんだからなんて言葉を言い訳に、その先へと踏み込めない。

 ……だとしたら、やはり彼女を幸せにするのは、僕ではないんじゃないだろうか。

 もしも真扶由さんが圭士朗さんを選んだとしたら、きっと、彼は僕のように彼女を後回しにはしないだろう。その先に描かれるのは、穏やかで確信の添えられた幸福であるはずだ。

 真夜中のとばり、新しい年の始まりに一人、そんなことを思っていた。


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