第三話 子建八斗の黎明(4)ー1


             4


 一月三日、高校選手権三回戦。

 僕らは京都代表、音和学園を二対〇で一蹴する。

 それは、レッドスワンを批判してきた者、その実力にかい的な視線を向けてきた者、すべての人間をかん無きまでに黙らせる会心の勝利だった。

 連戦で消耗がピークに達していた音和学園と、コンディション調整に成功したレッドスワンの体力差は、敵に対して同情を覚えるほどに格差があった。

 音和学園はインターハイでも十六強に残った高校である。

「毎日、放課後は必ず五時間以上練習させている。連戦でうちが走れなくなることはない」

 試合の前に敵の監督はそう豪語していたものの、根拠のとぼしい長時間の練習よりも、知性的な直近の準備の方が遥かに有効だったということだ。


ゆう、完勝だったな」

 試合終了後、僕とハイタッチを交わしたおにたけ先輩がにやりと笑う。

「やっぱりお前の方が監督の才能があるんじゃないのか?」

「そんなことないですよ。今日は準備の段階で勝負がついていたと思います。これだけ有利な条件を揃えてもらえば、僕じゃなくても勝てます」

「先輩、お疲れ様です。水分を補給して下さい」

 アセロラドリンクの入ったペットボトルを、が差し出す。

「また、引退が延びましたね」

「未だに自分のいる場所が信じられねえよ。これでベストエイトだ」

 拳を握り締めながら、鬼武先輩はフィールドに目を移す。視線の先では、づき先輩がもりこし先輩の背中に乗り、観客席に向かって自分の背番号を見せつけていた。

「あと三試合、絶対に決勝戦まで戦いましょうね」

「ああ。センター試験を受けるまさには悪いが、ここまで来たら直前まで付き合わせてやるぜ」


 監督インタビューを終え、ドレッシングルームに戻ってくると、世怜奈先生は無表情のまま全部員を見回した。

「今日の試合は素晴らしかったわ。ただ、分かってるわよね。私が何を言いたいか」

 その声色から感情が消えている。

 先生のただならぬ気配を感じ取り、歓喜に満ちていた空気が一気に霧散した。

「華代、頼んでおいた映像は流せる?」

 世怜奈先生の指示を受け、華代がタブレットに本日の試合動画を流し始めた。


 それは後半も十分を過ぎた頃のプレーだっただろうか。

 奪ったボールがアンラッキーなリフレクションで敵に渡り、FWフオワードの独走を許してしまう。

 押し込むゲーム展開ではあったものの、万が一にも先制点を許すわけにはいかない。ペナルティエリアへの進入を許す直前、全速力で追いかけた鬼武先輩が敵のシャツを摑み、敵のウイングが転倒する。それは、完全に覚悟のファウルだった。

 鬼武先輩にイエローカードが提示され、チームに嫌なムードが流れ始める。

 しかし、今日のレッドスワンには、すぐさま流れを取り戻す力があった。

 直後のセットプレーを跳ね返すと、けいろうさんからのロングフィードが前線に残っていたてんに届く。そして、切れ味抜群のドリブルで敵陣を切り裂いた天馬が敵のCBセンターバツクに倒され、今度はこちらがセットプレーのチャンスを得ることになった。

 そこで一度、世怜奈先生は映像を止めさせた。

しんすけのファウルは適切な判断だったわ。あのままペナルティエリアに進入されていたら決定機になっていた可能性が高い。ただし次の試合からは気をつけてね。あと一枚、警告をもらったら出場停止になる。チームに君の代わりはいないわよ」

「ああ。分かってる」

「天馬も効果的なドリブルだった。次の試合でも積極的に勝負していきなさい。期待しているからね。華代、映像を続けて」

 タブレットの中の試合画面が進む。

 ファウルによって敵に倒された場合、その地点からの『直接フリーキック』が与えられる。味方にボールを合わせても良いし、直接、ゴールを狙うことも可能だ。

 レッドスワンには二人のキッカーがいる。右利きで狙った場所に蹴る技術が誰よりも正確なじようけいろうと、左利きでボールに変化を与えるキックが得意な三年生のしろさきづきである。

 ファウルを得た位置は、ペナルティエリアの少し外、左サイド寄りだった。

 インサイドで蹴ったボールは、蹴り足とは逆側に回転していくため、直接フリーキックでゴールを狙いたいのであれば、今回は右利きの圭士朗さんが蹴るのがセオリーである。

 ところが、助走を始めた圭士朗さんはそのままボールをまたぎ……。

 彼がおとりだったと敵が気付いた次の瞬間、身体を思いっきり斜めに倒した状態から、回転をかけたボールを葉月先輩が蹴り上げる。

 美しいを描いたボールが、ゴールの右上に吸い込まれていった。

「ストップ! 今のビューティフルでアンビリーバボーなキックをもう一度、見せてくれ!」

 こうこつの眼差しで葉月先輩が懇願したが、動画が止められることはなく、歓喜に沸くイレブンの姿が映し出されていく。そして、世怜奈先生は乾いた笑みを浮かべたまま……。

「さて、葉月。じゃあ、説明してもらおうか。一体、どういうつもりだったのかしら?」

 機械仕掛けのロボットのように、角度を変えずに、葉月先輩の首から上だけが真横を向く。

 画面の中で、葉月先輩の下にとうの勢いで仲間たちが駆け寄っていた。抱きつこうとする仲間の手をすり抜け、先輩はカメラが最も多く集まるコーナーエリアへと一直線に向かう。

 そのまま視聴者を射貫くように、流し目でカメラに向かって人差し指を突き出すと、次の瞬間、先輩は上半身のユニフォームを脱ぎ捨て、マントのように宙に放り上げていた。

 テレビカメラは当然、ゴールを決めた葉月先輩の動きを追っている。

 ユニフォームを脱いだことで、葉月先輩のアンダーウェアが画面に映し出され……。


『城咲葉月 推薦入学の打診 絶賛募集中!』


 真っ白なアンダーウェアに、でかでかと油性ペンで文字が書かれていた。

 バレーダンサーのように右手を顔の前で掲げると、葉月先輩は華麗にターンする。


『来年のインカレは任せろ! レフティ貴公子とはこの俺だ!』


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