第二話 常初花の一撃(3)


             3


 いつものようにがタブレットに映したテレビの中継画面。

 ハーフタイムコメントを求められた先生は、

『何の驚きもない前半でした。以上です』

 無表情で即答すると、追いすがるインタビュアーの声を無視してさつそうと立ち去って行った。


「先生、今大会は悪役に徹するつもりなのかもな」

 不愉快そうな眼差しのインタビュアーの顔が映し出され、おりが呟く。

「今日のレッドスワンの戦い方は絶対に批難されるだろうしね。自分に注目を集めて、世間の批判から選手を守ろうとしているんだと思うよ」

 テレビ中継が入っている試合では、チームレポートや敵将のコメントから、思わぬ情報が得られることもある。解説席にゲストとして入っているさくらざわななの動向も把握しておきたかったため、本日はベンチ入りしていなかった一年生に、中継の確認をお願いしていた。

こうへい、テレビの解説席はどんな空気だった?」

「えーと……」

 気まずそうに顔をしかめた後輩に告げる。

「はっきり言って良いよ。赤の他人の言葉に動揺させられるような選手はいないから」

「……実況は言葉をにごしていましたけど、OBの解説者は、はっきりと批判していました。前半からPK戦を狙うのはおかしいって」

「今日の解説って元日本代表のあの人だよね?」

「はい。そうです。アトランタ五輪の時の」

「元プロにもPK戦狙いだと思わせられたんなら、前半の戦いは完璧だったって思って良いかもね。航平、そんな話ばかり聞かされて気分が悪かっただろ。損な役回りをさせて申し訳ないけど、後半もチェックを頼むよ」

「大丈夫っす。俺、チームのために出来ることがあって嬉しいんで。あ、そうだ。でも、応援マネージャーはレッドスワンをようしていましたよ」

 嬉しそうな顔で言った後輩を、怖い顔でかえでにらみつける。

「後輩をかくするな。櫻沢七海は楓のことを何か言っていたか?」

「いえ、先輩のことは別に何も。ただ、レッドスワンには絶対に勝たなきゃいけない理由があるからとか、意味深なことを言っていました。解説者に突っ込みを入れられていましたけど、試合が終わったら全部話しますみたいな、なんかそんな感じで。断定的なことは何も」

 彼女は昨晩、ある一つの約束を楓と交わした。

 レッドスワンが勝利したなら、互いの夢のために二人の絆を絶ち切る。

 それぞれが夢を目指すために、別離して歩んでいく。そう宣言すると楓に誓っていた。

「お待たせー。インタビュアーがしつこくて、危うく余計な挑発をしちゃうところだったよ」

 インタビューではしらじらしい無表情をつらぬいていたくせに、ドレッシングルームに帰ってきた世怜奈先生は、いつもの緊張感のない微笑を浮かべていた。

「手短に後半の戦術を確認しようか。敵は後半の頭から修正してくるはずよ。レッドスワンを相手に焦って攻めても、空回りするだけだって思い知ったでしょうからね。ハーフタイムで頭を冷やして、ネチネチと後ろでボールを回す自称パスサッカーに必ず戻してくるわ」

 僕もそう思う。彼らが前半に決定機を作ったのは、自らのスタイルを貫いていた時だった。

すずたつひろ監督がひようぼうするポゼッションサッカーは、世間一般に攻撃的と認知されているけど、その本質はアグレッシブとは対極にある。もともと縦に速いチームじゃないから、彼らはボールを奪う際にリスクを冒さない。飽きもせずに退屈なパスを後ろで回しているのも、敵の攻撃時間を減らすことが主目的よ」

 確かに彼らのプレスには激しさが足りない。守備では隙を見せないことを一番に考えている節があり、リスクを冒しながらのチャレンジはほとんど試みないのだ。前半戦、常陸ひたちとリオがコーナー付近で上手く時間を使えていたのも、青陽の守備がそういうスタイルだからだ。

「ボールは青陽に持たせて構わない。たっぷりと時間を浪費させましょう。資料VTRで見せた通り、2番、8番、13番には、プレスをかわして前を向くがいがない。その三人にボールが渡ったら、パスコースを消しながら全力でプレスに行きなさい。彼らは必ずボールを後ろに戻すわ。逆に7番と9番は要注意よ。積極的にディフェンスをかわそうとしてくる。その二人に対しては、距離を取りながらドリブルのコースを消すことに集中しましょう」

 王者であるが故に、彼らは大舞台で多くの試合を戦っている。存分に入手出来た試合映像を一ヵ月かけて分析し、僕らは彼らの主力を丸裸にしている。それぞれの選手が、どんな場面で、どんな選択をしがちになるのか。徹底的に暴いている。

 誰にプレスを仕掛けるべきで、誰に対してチャレンジしてはいけないのか。

 各個人がボールを持った時、何メートルの距離で守備をすれば良いのか。

 本来、対峙した一瞬で下さねばならない選択が、この試合に限っては、全員の頭の中に解答としてそろっていた。

「前半の結果を受けて、彼らは間違いなく守備のやり方を変えてくるわ。うちの攻撃は常陸とリオにせいぜいでSBサイドバツクからむだけだって分かったはずだからね。後半の頭からハイプレスを仕掛けてくるだろうし、攻撃的な選手交代もおこなってくる。あれだけ身体能力の高い選手が揃ったチームに、本気になってボールを追われたら、前半のようにキープすることはまず不可能よ。こちらも後半の頭から切り札を使いましょう」

 世怜奈先生は部屋の奥で腕組みをする副キャプテン、おにたけ先輩に視線を向ける。

しんすけ、準備は出来ているわね?」

「ああ。任せろ。いつでもいける」

「青陽は四十分で対策を見つけられるかしら。自称名将のおうおうが楽しみだわ」

 世怜奈先生の顔に不敵な笑みが浮かぶ。

「慎之介、この作戦で怖いのは、遅延行為でカードをもらうことよ。君には全試合フル出場してもらうことになる。こんなところでイエローカードをもらってもつまらない。キックオフの前に一言、主審に話しておきなさい。多分、それだけで十分なはず。常陸、リオ、二人のファイトにも期待している。身体を張ってね。よし。じゃあ、そろそろ時間か。皆!」

 チームの全員を鼓舞するように、世怜奈先生は力強く両手を叩く。

「王者のけの皮をがしに行きましょう!」


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