第二話 常初花の一撃(4)ー1


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 ハーフタイムに先生が予言した通り、後半の頭から青陽は二枚の選手交代をおこなってきた。守備的MFミツドフイルダーSBサイドバツクに替えて、攻撃的なMFを二人投入してきたのだ。

 ストライカーではなく中盤の選手を入れてきたのは、新潟県予選の決勝を分析していたからだろう。あの試合、自陣に引きこもるレッドスワンを崩すために、美波高校は後半から二人のFWフオワードを投入し、フアイブトップのような布陣で戦ってきた。しかし、前線に選手を増やし過ぎたせいで渋滞が起こり、スペースで生きる自らのチームの長所を殺すことになってしまった。攻撃的なMFを増やしてきたのは、あくまでもパスで崩すスタイルを貫くためだ。

「完璧に予想通りの選手交代でしたね」

 フィールドに立つ青陽イレブンを確認してから、世怜奈先生に告げる。

「ま、飽きて吐き気がするほどに、すずたつひろの采配パターンは研究してきたからね。ばつなことをやってくる監督でもないし、思考をトレースするくらい簡単よ」

 こともなげに先生は告げたが、思惑通りに進む盤面の変化は、また一つ、選手に確信を植え付けることだろう。気持ちのこうようはプレーに直結する。

 世怜奈先生の未来を読む力は、精神的な意味でのドーピング効果を選手に生み出していた。


 世界最大のスポーツイベントは、経済効果でもテレビの視聴者数でもオリンピックをはるかにしのぐFIFAフイーフアワールドカップである。しかし、そのワールドカップに、サッカーの母国である『イギリス』という国が出場したことはない。

 イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという四つの地域が、それぞれに主権国家ではないものの国と見なされている連合王国である。

 一八六三年、イングランドにサッカー協会が創立され、彼らが統一ルールを作成したことで、近代サッカーは誕生した。その後、元々別の国だったこともあり、他の三地域もサッカー協会を作り、独自に活動を開始する。

 国際サッカー連盟であるFIFAが創立したのは、近代サッカーの誕生から四十年以上が経った後の一九〇四年、日露戦争が始まった年である。当時、最強チームだったイングランドのナショナルチームに対し、後から設立されたFIFAが口を出せる正当な道理もない。

 幾度ものせつしようを経て、最終的に一定の自治を持つ地域のサッカー協会は、当該国の国家協会として認められることになり、イギリスは四つの地域が、それぞれに国際大会へと出場することになった。

 台湾や香港、マカオが、中国として国際大会に出場していないのも同様の理由である。

 レッドスワンを指揮することになった時、世怜奈先生は僕にこう告げた。

『女性初の日本代表監督を目指しているの。もちろん男子の』

 あまりにも突飛な話だったが、先生は真顔でさらに続ける。

『本当の夢はその先にあって、私、いつかプレミアリーグで指揮したいんだよね』

 プレミアリーグとはサッカーの母国、イングランドのトップリーグである。名実共にサッカー界における最高峰の舞台だ。

 青陽戦の対策を練り始めてしばらくしてから、世怜奈先生はプレミアリーグに所属するとあるチームの映像を編集して、選手に見せてきた。それが、二〇〇〇年代後半にトニー・ピューリスが率いた『ストーク・シティ』の映像である。

 ストークは強豪ではないものの、非常に奇抜な戦術を誇ったチームだった。僕もばくぜんとした知識は持っていたものの、改めて編集されたその映像を見て、ぎもを抜かれることになる。

 当時のストークにはロリー・デラップというMFがいた。『人間発射台』というあだ名をつけられたロングスローの名手であり、映像で目の当たりにするスローインは狂気以外の何物でもなかった。

 サッカーではボールが両サイドを割った場合、タッチラインを越えた位置からボールを投げ入れてゲームを再開する。スローインでは投げる瞬間に両足の一部が地面についておらねばならず、両手を使って投げ入れなければならない。ハンドボールのように片手で投げ入れた場合はファウルスローとなってしまうのだ。そのせいで強いボールを供給することは難しい。

 しかし、デラップは並はずれた上半身の筋肉によって、異次元のロングスローを投げられる選手だった。

 低く鋭い弾道の高速スローインは、フリーキックみの速度で仲間の元まで届く。手でボールを扱っているため、精度も抜群であり、加えてスローインにはオフサイドが存在しない。コーナーキックは大抵のチームにとって大きな得点チャンスだが、デラップを擁するストークにとっては、スローインがコーナーキック以上の得点源となっていたのである。

 しかも、彼らはフィジカルの強い長身選手を多く獲得し、デラップのスローインを生かすためのチーム作りまでしていた。当時、世界最強だったプレミアリーグで、ストーク・シティは鮮烈な記憶を人々の中に残した異色のチームだったのである。


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