第二話 常初花の一撃(4)ー2


 冷静に考えてみれば、当時のストークの特性には、レッドスワンと通じるものがあった。百九十センチ前後の選手を四人、加えて百八十センチ台の選手を三人、レギュラー格に揃えるレッドスワンは、大会随一の超大型チームである。

 ロングスローは大きな武器になるかもしれない。そう僕らに気付かせた後で、先生は体育のスポーツテストにおけるハンドボール投げの結果を、ランキング形式にして発表する。

 恐らく一位は普段から長距離のボールを投げているGKゴールキーパーかえでだろう。そう思ったのだけれど、楓は二位であり、圧倒的な飛距離で一位を記録していたのはSBサイドバツクおにたけ先輩だった。

「そんなわけで全国大会では、しんすけのロングスローを導入します。実はゆうにも内緒で、こっそり練習してもらっていたんだよね」

「アシスタントコーチにまで秘密にしておく意味が分からなかったけどな」

「だって、せっかくの秘密兵器だよ。派手に発表したいじゃん」

 能天気な世怜奈先生に鬼武先輩は呆れていたものの、確かに先輩にロングスローをおこなってもらうという提案は理にかなっている気がした。

 身長百七十四センチの鬼武先輩は、レッドスワンの中では小粒な選手と言える。しかし、試合ではどんなに恵まれた体格の選手と競っても、フィジカル勝負で負けることがない。『の重戦車』なる二つ名をつけられていた、かいせいどうじようこういちろうとですら対等に渡り合っていた。部内の練習では、自分より十五センチ以上高い、おり常陸ひたち、リオの三人を、空中戦ではじばすことさえある。

 鬼武先輩がフィジカルに強い理由は明快だろう。先輩の上半身の筋力は、常人とは一線を画しており、きんこつりゆうりゆうな胸板は、下手をしたら僕の二倍近くある。サッカー選手にとって大切な下半身だけでなく、上半身も徹底的に鍛えているからこそ、当たり負けしないのだ。

 ロングスローが導入されるということは、レッドスワンの最大の武器であるセットプレーの機会が増えるということでもある。この新たな武器を戦術に組み込むことが出来れば、チームは確実にレベルアップするだろう。だが、世怜奈先生はそれ以上のことを考えていた。

「ロングスローは使い方次第で、ゲーム展開を殺すことも出来るの。スローワーが一人しかいなければ、当然、どちらのサイドでもその選手にボールを供給してもらうことになる。慎之介は右SBだから、左サイドでスローインをする場合、フィールドを横断することになる。その度にたっぷりと時間を使えるってことよ。アクチユアル・プレーイング・タイムを下げることにも繫がるわ」

 APTとはゴールキックやフリーキック、コーナーキック、スローインなどで止まった時間を差し引いた、実際にボールが動いている時間を示す指標である。

 プレーのレベルが上がるほどに長くなると理解され、アジアでおこなわれる公式大会のAPTは、ヨーロッパ主要リーグと比べて十分以上も少ないという計測結果が出ている。

 サッカーのレベルを上げたいのであれば、時間を不当に殺すべきではない。レベルの低い時間稼ぎを憎む人間がいるのも当然の話だ。

 しかし、一方でそれは強者の理論に過ぎないとも言える。サイコロを振る回数が多ければ多いほど、出目は期待値に近付く。ジャイアントキリングを起こすためには、お互いに与えられるチャンスの数を減らさなければならないのだ。

 ポゼッションを志向する青陽は、恐らく出場チームの中で、最もAPTが長い教科書通りの優等生だろう。だが、対戦相手にも多くのチャンスが与えられているのかと言われれば、断じてそうではない。彼らは上手く攻められないと見るや、安全なところまでボールを逃がし、何度でも組み立て直しをおこなう。世怜奈先生が記者会見で断言したように、対戦するチームからすれば何処までも退屈なゲームにしかならない。

 だからこそ、世怜奈先生は青陽戦では、ゲームそのものを殺すことに決めた。

 徹底的にAPTを下げることで、青陽からもチャンスを作る機会を奪うのだ。


 後半のキックオフと同時に、青陽の選手たちは猛烈なプレスをかけてきた。

 これは本来の彼らのスタイルではない。付けやきのハイプレスだったが、抜群の身体能力を誇る選手たちの圧力により、相手陣地までクリア気味に蹴らされてしまうことになった。

 あっという間の攻守交代に、スタジアムがく。

 あくらつなチームを王者が美しいサッカーで打ち倒す。そんな展開を観客は期待しているのだ。

 それでも、左サイドに流れたボールに、すかさず常陸がプレスをかけ返した。

 大きな身体で常陸がパスコースを消すと、跳ね返ったボールが運良く相手に当たり、タッチラインを割る。後半開始一分で、スローインの獲得に成功したのだ。

 足早ともゆっくりとも言えない歩調で、左サイドへ鬼武先輩が移動する。そんな彼とこうさくするように、づき先輩が右サイドへとポジションを移した。二人のSBのポジションチェンジは、インターハイ予選から実践しているチームの武器の一つである。鬼武先輩が自分のポジションを離れても、守備のバランスが崩れることはない。

 ボールがラインを割った位置は、ハーフウェイラインのそばだった。『人間発射台』ロリー・デラップならいざ知らず、ゴール前までボールを届けられるような距離ではない。しかし、鬼武先輩はめいっぱいの助走を取って、ロングスローをフィールドに投げ込んだ。

 この二週間、僕らはロングスローからの攻撃パターンを、毎日、練習してきている。先輩が投げ込むボールの飛距離は、チームメイトの頭に完全にインプットされていた。

 ペナルティエリアの少し外、ボールの落下地点に入っていたチームメイトは常陸一人だが、身長百九十一センチのFWに、高さで勝てる選手は青陽の中にいない。

 文字通り頭一つ抜け出した状態でジャンプすると、ヘディングでさらに後方へとボールをらす。その落下地点で待っていたのはリオと、陸上経験があり、チーム一のスタミナを誇るボランチ、ひろおみだった。アタッキングサードの深い位置でボールをキープすると、二人はコーナー付近を目指す。

 激しいプレスをかけられてボールを奪われてしまったが、裕臣が抜けたボランチの位置は、常陸がしっかりとケアしていた。敵のカウンターは発動しない。


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