第一話 天泣の恋心

第一話 天泣の恋心(1)


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 僕にはサッカー部に二人の親友がいる。

 一人は同じ団地に住むおさなじみきりはらおりであり、もう一人は一年生の時にクラスメイトだったじようけいろうだ。二年に進級する際、理系に進んだ二人とは別のクラスとなったけれど、代わりに二人がそれぞれに片想いをする相手が同級生となった。

 伊織の想い人は、サッカー部でマネージャーを務めるくすだ。

 がらきやしやな少女であり、よくひざぞうに傷を作っている。もくながらも勤勉な彼女の姿に、いつしか伊織はかれていった。

 一年生の夏に家庭の事情で新潟市に引っ越してきた華代は、編入生だったこともあり、去年はクラスでもりつしていたらしい。しかし、二年生になるとクラスに友人が出来た。その相手こそ、圭士朗さんが小学生の頃から想いを寄せているふじさきである。

 吹奏楽部に所属する真扶由さんは、地に足のついたたたずまいを見せるクラスの委員長だ。そうめいな彼女は理知的な圭士朗さんががれるに相応ふさわしい少女であると感じるし、幼馴染に近い関係性をまえても、お似合いの二人だと思う。

 二人の親友がそれぞれに想いを寄せる少女と同じ教室で、僕は四ヵ月を過ごしてきた。


 夏合宿の地として選ばれた軽井沢は、江戸時代に五街道の一つ、なかせんどうが通っていた街である。新潟市から車で三時間ほどの距離にあり、豊かな地理風土は多くの文化人に愛されてきたと聞く。

 観光スポットはにわたるが、若者を引き付ける中心は、駅の南側に作られた巨大なアウトレットモールだろう。スポーツショップも点在するため、部員の大多数は四日目をそこで過ごすことに決めていた。

 昨晩『カサブランカ』を観た影響で、伊織は華代をデートに誘うといきいている。しかし、三泊四日の合宿中、華代は自由時間になると必ず先生と行動を共にしていた。本日も例外であるとは思えない。まずは華代を世怜奈先生から引き離すこと。それが最初のミッションになると考えていたのだけれど、事態は意外な角度から進展を見せることになった。


 合宿最終日、午前八時半。

 宿泊施設のレストランでそれは発覚する。

 その日の朝、ビュッフェ形式の朝食に、さかきばらかえでときとうだか、リオ・ハーバート、問題児の三馬鹿トリオが現れなかった。そして、想像を絶する真相が判明する。近隣のレンタサイクルの店で自転車を借り、三人は海を目指し始めていたのだ。

 夏休みには連日、練習が詰まっていた。

 久々に与えられた丸一日の休みを使い、彼らは海に遊びに行くという計画を立てていたらしい。昨晩、映画鑑賞会に来なかったのも、早朝から動き出すために早々に眠りについていたからだったのだろう。

 ようしゆうとうと言えば用意周到だが、残念ながら彼らの知性にはめいてきけつかんがある。軽井沢は内陸県の長野に位置しており、海など存在しないのだ。

 北を目指せばいつかは海に到着する。しかし、山を越えなければならないし、集合時間を考えれば、往復など出来るはずもない。

 日本海で泳いでくるとの書き置きと、レンタサイクルの貸出履歴から、彼らの行動が明らかになり、唯一の引率教諭である世怜奈先生はほおを引きつらせていた。

 三馬鹿トリオは決行を止められないよう、全員が携帯電話の電源を落としている。世怜奈先生は彼らを捕まえるため、まいばら家お抱えの運転手、いつぽんやりさんと共に、朝食もそこそこに宿泊施設を飛び出すはめになっていた。


 ていやからが奇行に及んだ結果、図らずも華代が世怜奈先生から引き離され、事は実にスムーズに進むことになる。真扶由さんへの想いを伝える覚悟を固めていた圭士朗さんが、伊織のためにひとはだいでくれたのだ。

『俺は伝えるべき時には自分の口で伝えるよ』

 春先に彼はそんな風に言っていたけれど、ついにその時がやってきたのだろう。

 圭士朗さんは合宿のお土産みやげとして購入したプレゼントを真扶由さんに渡し、それから、告白するつもりであるという。事前に下調べもおこなっており、本日の自由行動では、アウトレットのある軽井沢駅周辺ではなく、プレゼントを探すために、北上した場所にある旧軽井沢を散策する予定らしい。

 華代にとって真扶由さんは数少ない友人の一人である。少なくとも僕らよりは、彼女の好みを把握しているに違いない。

 圭士朗さんは入学時より首席の座に君臨し続けるしゆんさいだが、さすがの彼でも女子へのプレゼントにはとうそくみような回答をはじせない。より適切なプレゼントを用意するため、自らの恋心を明かし、圭士朗さんは華代に散策の同行を求める。

 そんな風にして、その日、僕たちは四人で旧軽井沢へと出掛けることになった。


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