第二話 常初花の一撃(2)-1


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 青陽は僕らより遥かに経験豊富なチームだが、彼らにとっても今大会の初戦である。

 二回戦にしてチケット即完売という異様な注目度の中、高校生が平常心を保つのは難しい。

 青陽の試合への入り方は実に慎重なものだった。もともとポゼッションを志向する遅攻型のチームである。安全な場所でボールを回しながら、レッドスワンの出方をうかがおうとしていた。

 GKゴールキーパーの前に五人のDFデイフエンスを配置し、その前に三人の守備的MFミツドフイルダーを並べる。『ゴールの前にバスを並べる』という表現があるが、レッドスワンの陣形はまさにそういうたぐいのものだった。

 僕らが超守備的な布陣を取ったこと、青陽が慎重にゲームに入ったことで、序盤は両チーム共に動きがにぶい、退屈な展開となる。

 しかし、キックオフから十分も過ぎると、風向きが変わり始めた。

 ベンチの指示を受けて、青陽の選手が本格的に攻め上がってきたのだ。


 大会二連覇中とはいえ、レギュラーメンバーの大半が入れ替わった今年、青陽は小柄なチームに生まれ変わっている。百八十センチを超える選手は、GKのすずしかいない。セットプレーに強いという評判も聞かないし、パワープレーなどとは対極にあるチームである。

 だが、単純に彼らが弱体化したと言うことは出来ない。一つの事実として、青陽は八月のインターハイで準優勝を果たしているからだ。ポゼッションを志向する以上、自陣に引いた敵とのたいは避けて通れず、そういう相手から得点を奪うのは簡単なことではない。けれど、今年の青陽にはそれが出来るだけの機動力とパスワークがあった。

 露骨なまでにスペースを消されたペナルティエリアに、様々な角度から、人を変え、やり方を変え、選手が次々に飛び込んでくる。王者の実力は、やはり並大抵のものではなかった。

 マークがずれて生み出されたスペースから、立て続けに強烈なシュートを蹴り込まれる。

 一本はかえでが横っ跳びでセーブを見せ、もう一本は、ギリギリのところで足を伸ばしたおりつまさきで枠外へとらしたが、数分の内に決定的なシュートを二本も打たれてしまう。

 今年の青陽の試合を、僕らは徹底的に研究している。前線の選手の得意な形、バリエーション豊かな攻撃パターン、そのすべてを分析し切ったと思っていたのに、彼らの攻撃を完璧に封じることは出来なかった。それでも……。

「大丈夫だ! 落ち着いてやれば問題ない!」

 敵の決定機をブロックした後で、両手を叩いて伊織が叫ぶ。

「飛び込んでくる選手に、必要以上に引っ張られるな! 9番以外には一人が行けば良い! 仲間を信じて自分の役割をまっとうしろ!」

 チームにじようけいろうがいるせいで目立たないけれど、きりはらおりものすごく賢い選手だ。

 毎日、サッカーのことばかり考えて生きているのに、勉強でも手を抜いたことがない。一年生の時も、理系に進んだ今年も、圭士朗さんに次ぐ次席の順位をキープし続けている。

 恵まれた体格のせいで気付かれにくいが、本当は頭を使うプレーが誰よりも得意なのだ。

 味方を鼓舞するために伊織が叫んだ言葉は、レッドスワンが早々に直面した問題を正確に言い当てている。飛び込んでくる敵に惑わされてしまうせいで、せっかく人数をかけてペナルティエリアを封鎖したのに、シュートコースを作られている。

 かつてないほどに強力な敵と直面した今、レッドスワンに真に必要なのは、味方を信じて、自分の務めを果たすことだった。

『強いチームには、求心力のあるキャプテンが必要だ』

 監督が交代し、新生レッドスワンが始動した後、おにたけ先輩はそう言って、後輩の伊織にキャプテンマークをたくした。伊織ならば、その存在でチームを鼓舞出来ると信じたからだ。

 あの日の鬼武先輩の判断は、完璧に正しかったということだろう。

 王者のクリエイティブなハイプレッシャーを受け、浮足立ってしまったレッドスワンは、立て続けに決定的なチャンスを作らせてしまった。しかし、誰よりも早く問題点を見抜いた伊織の指示により、チームは美しいまでに立ち直る。

「やっぱり全国の舞台でも、楓と伊織は別格だったわね」

「そうですね。二人の力で確実に一点ずつは防いだと思います」

「このチームの監督になれて私は幸せだ」

 守備のバランスを取り戻し、再び青陽の攻撃を水際より前で食い止め始めたチームを見て、先生が嬉しそうに呟く。

 どれだけ作戦を練っても、何もかもが計画通りに進むわけではない。敵チームだって試合に向けて十分な準備をしてきている。相手の意図をつかみ、上手く順応していかなければ、王者の圧力の前に力負けしてしまう可能性は十分にあった。

 だが、レッドスワンは立ち上がりのきゆうを乗り切ることに成功する。

 崖っぷちのひようぎわ、楓と伊織、二人の個の力で、青陽に得点を許さなかったのだ。


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