第一話 赤白鳥の絶命(2)ー1
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午後五時、教室で時間を潰してから、
現在のサッカー部には、学年を
僕らの学年には百八十センチ台の生徒がずらりと並ぶものの、恵まれた体格とは裏腹に、良く言えば優等生、悪く言えば小心者が集まっている。監督に求められても厳しいファウルにいけない。声で相手を
視聴覚室に集まった生徒たちは、自然と二分されている。三年生と彼らを
さすがに問題を起こしたキャプテンたちは最後尾で大人しくしていたが、他の先輩たちは下世話な芸能人の
一年生で口を開いているのは、
時計の針が五時を回っても教室に現れる者はいなかった。
処分を下すための職員会議が長引いているのだろうか。
五時二十分を過ぎた頃、前方の扉が半分ほど開き、小柄な女子生徒が一人で入って来た。
突然の女子の登場に、一瞬、室内のざわめきが消える。見かけた記憶のない生徒だが、
「あれ、うちのクラスの転校生だ」
彼女を見つめながら、
「転校って言うか編入? 親の転勤で夏休みに東京から引っ越して来たらしい。書道選択だったから、うちのクラスに入ってきたんだ。
楠井と呼ばれた少女は、うつむいたまま誰とも目を合わせようとしていない。
「何をしに来たんだろう」
後方に陣取る先輩たちも明らかに戸惑っている。
「さあ。
僕らの疑問が解消されるより、事態が動く方が早かった。
楠井華代の登場から一分もしない内に、再び視聴覚室の扉が開く。現れたのは、六月に常勤講師として赴任し、副顧問に就任した
白いコットンブラウスに青いサーキュラースカート。お嬢様然とした格好で現れた世怜奈先生の名字は、あの『舞原』だ。新潟の人間なら知らない者はいない名門の旧家である。比喩ではなく文字通りの意味でお嬢様なのだ。美しさは突き詰めると、張りつめたような緊張感を伴う。あまりにも容姿が整い過ぎているせいで、当初は部員たちにも遠巻きにされていたが、実際の世怜奈先生は天然気味のふわふわとした空気感を持つ女性だった。
「先生。処分決まった? 早く教えてくれよ」
「廃部? 休部? 活動停止? とりあえず今週は休みで良いっすか?」
「ビューティー? キューティー? マリーミー?」
矢継ぎ早に質問を口にしながら、三馬鹿トリオが犬のように先生に駆け寄った。約一名、意味不明な奇声をあげている外国人もいたが……。
「順番に説明するから席についてね。部員は全員集まってる?」
三馬鹿トリオを笑顔でいなしてから、世怜奈先生は教壇に立つ。
「……全部員、四十五名
キャプテンが反応しないのを確認してから、二年生の
「暴力事件についての処分を伝える前に、まずは自分の話をしちゃおうかな。今日からサッカー部の顧問になりました。そんなわけで、これからは監督も私がやります。よろしくね」
「はあ? マジで言ってるんすか?」
鬼武先輩が裏返ったような声で問う。
「顧問はともかく先生が監督なんて無理でしょ。冗談はやめて下さいよ」
「私は冗談なんて言わないよ。それに、これは職員会議で決まったことだしね」
「いや、有り得ないっす。前に先生はサッカーの指導経験なんてないって言ってましたよね。それに女じゃないすか。今後は外部コーチでも呼ぶってことですか?」
「外部コーチなんて呼ばないわ。レッドスワンの指導者は私一人だよ。急にこんなことを言われて、混乱するのも無理はないと思う。ちゃんと一つずつ説明するね」
全部員が戸惑いを隠せずにいたが、世怜奈先生はいつもの微笑を
「連絡網を回した通り、芦沢先生は命に別状はありませんでした。ただ、しばらくは入院が必要になりますから、先生は選手権予選の敗退をもって退任となります」
「……監督はもう指揮を
頰を引きつらせながら、鬼武先輩が低い声で問う。
「入院なんて長くても一ヵ月とか二ヵ月っすよね。だったら俺らは待ちますよ。定年までまだ一年以上あるじゃないですか。監督以外の指導なんて受けたくないっす」
「それは無理だよ」
「どうしてっすか? ベンチに座ったままでも指導は出来るでしょ」
「急性脳梗塞はリハビリに時間がかかるし、再発の可能性もある。サッカー部には長年、勝って当たり前という空気があった。そんなチームの指揮には大きなプレッシャーが伴うしね」
「監督は俺らに何度も言ってました。サッカーに命を賭けろって。監督が病気なんかで諦めるとは思えません。まだ一年チャンスが残っているのに諦められるわけがない」
語気を強めて鬼武先輩は、その場に立ち上がる。
「校長に話をさせて下さい。俺たちの気持ちを知れば、考えが変わるかもしれない」
世怜奈先生は腰に手を当て、困ったような表情を見せた。
「君たちを傷つけたくなかったんだけどな。やっぱり、それは都合が良過ぎるか」
「……どういう意味っすか?」
「芦沢先生は有給休暇を消化した後で解任されます。来年度の契約は結ばれません」
「……首になるってことすか?」
「言葉を選ばずに言えば、そういうことだね」
先生の断定を受け、先輩たちの
引退となる三年生も顔を真っ赤にして憤っていた。
「ふざけてやがる。それ、校長が決めたことっすか? これまでの功労者をあっさり……」
「校長の独断で解職は決められないよ。芦沢先生は理事と特別な契約を結んでいて、その中に明記されていたの。学校の評判を落とすようなら、定年を待たずに契約を解除するってね」
「評判を落とすって……馬鹿げてやがる。納得いかないっすよ。皆、職員室に行こうぜ!
「本当にそうかな」
視聴覚室から出て行こうとする先輩たちの背中に、世怜奈先生は問う。
「二十年前ならともかく、今の芦沢先生に尊敬出来る部分なんて見つからなかったよ」
あまりと言えばあまりの言葉に、先輩たちは立ち止まる。
六月に赴任し、三ヵ月弱の短い期間、副顧問を務めた世怜奈先生は、これまで意見らしい意見を発したことがなかった。サポート役に徹し、雑用をこなしていたに過ぎない。そんな彼女が今、初めて自らの想いらしい想いを告げた。
「聞き捨てならねえ。幾ら先生でも言って良いことと悪いことがありますよ」
今にも殴りかからんばかりの眼差しで、鬼武先輩が室内に戻ってくる。
「むしろ君たちは疑問を抱いたことがないの? 私には不愉快な驚きが沢山あったんだけど」
崇拝する芦沢監督への
「職員会議で任命されたからって、監督
「君たちが特別な生徒だと言うのなら、きっと、素晴らしい成績を残しているんだろうね。この十年間で何回、県を制しているの?」
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