第一話 赤白鳥の絶命

第一話 赤白鳥の絶命(1)


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 私立あかばね高等学校には一学年に七つのクラスが存在する。すべて普通科だが、一つだけスポーツ推薦で入学した生徒を集めたクラスがあり、残りは音楽、美術、書道、芸術科目の選択によって分けられている。僕は中学生の時、スポーツ推薦の話をもらっているが、最後まで進路に迷っていたため、一般入試を経て通常のクラスに入学していた。

 赤羽高校は二学期制を採用しており、短い秋休みがある代わりに、夏休みは八月の後半に終わってしまう。平常授業は選手権予選の数日前から再開されていた。

けいろうさん。ゆう君。サッカー部、大変みたいだけど大丈夫?」

 お昼休み、クラスメイトのじようけいろうと机を突き合わせてお弁当を食べていたら、傍にやって来たふじさきに声をかけられた。真扶由さんは雪のように白い肌とつややかな黒髪を持つ、うちのクラスの委員長である。圭士朗さんとは小学生時代からの友人らしい。

「もううわさが広まっているんだね。誰に聞いたの?」

「大会が近いから、うちは昨日も練習があったの。夕方に顧問の先生が話していたよ」

 真扶由さんが所属する吹奏楽部も、赤羽高校が力を入れている部活動の一つである。音楽室が第一グラウンドに面する校舎の四階にあるため、彼女たちの演奏は練習中のBGMだ。

「一年生は成績上位者をサッカー部が独占しているでしょ。二年生も文系の一位がサッカー部らしいし、何でこんなに両極端なんだって、うちの顧問も嘆いていたよ」

 圭士朗さんは一般入試以来、常に首席の地位をキープしている俊才だ。シャープな眼鏡の下にいつも涼しげな眼差しが覗いており、理知的という言葉がよく似合う。アレルギー性けつまくえんの問題でコンタクトレンズを使用出来ず、部活動の際にはスポーツゴーグルを着用していた。

 常に冷静さを失わない性格ゆえだろう。中学時代も『圭士朗さん』と呼ばれていたらしく、旧友の呼び方が伝染して、自然と彼は高校でも敬称をつけて呼ばれるようになっていた。

「二年生もトップってサッカー部だったんだ。圭士朗さん、誰のことか分かる?」

もりこし先輩だよ。掲示板に貼り出されたランキングを見たことがある」

 それはベンチにも入ったことがない先輩だった。プレーの印象もほとんど思い出せない。

 一年生の成績上位者は入学以来、上から圭士朗さん、おり、僕で不動であり、ワースト3はかえでだか、リオの推薦組、三馬鹿トリオが独占している。学力面でも、素行面でも、サッカー部には両極端な生徒が多い。

「圭士朗さんや優雅君は何か特別な勉強をしてる? サッカー部ってテスト前も部活が休みにならないよね。毎日、あんなに遅くまで練習しているのに、いつ勉強しているの?」

 部員には塾に通う時間なんてないし、僕ら三人は誰も特別なことはしていない気がする。

「前にうちに集まったことがあったけど、結局、映画を観ちゃって意味なかったよね」

「それは伊織のせいだろ。あいつは人が集まると必ずDVDを持ってくるからな」

「男子って面白いね。それであの成績なんだもんな。羨ましいよ」

 ゴールデンウィークの合宿で、夜に一年生で集まって映画を観た後、物語の流れから好きな女子の話になったことがある。僕や伊織は初恋というものをまだ経験していない。女子に告白される機会は小学生の頃から何度かあったが、恋愛なるがいねんの本質はりんかくさえ見えていない。

 一方、圭士朗さんはおさなじみの真扶由さんに、ずっと想いを寄せていたという。

 恋愛感情を心の異変と理解していた僕にとって、常に冷静な彼が誰かに想いを寄せているという事実は、単純に驚きだった。真扶由さんを前にしても、圭士朗さんの態度が変わる瞬間を見たことがなかったからだ。

「……そうだ。監督も倒れたんでしょ? 容体も心配だけど、部員の皆も残念だよね。名物監督に教えてもらいたくて、赤羽高校に入学して来る生徒もいるって聞いたことがある」

「監督にけいとうしていた先輩たちは、らくたんしているかもね」

 圭士朗さんの回答は含みのあるものだった。

「ベンチ外の人間が言っても説得力がないけど、俺は監督の指導法に疑問を感じることがあった。むしろチームが変わるきっかけになったら良いって思ってる」

「そんなこと考えてたんだ。初耳だよ」

「優雅は練習メニューに疑問を感じたことがないのか?」

「言われたことを忠実にやっていただけだしね。そんなこと考えたこともなかった」

 圭士朗さんは他の同級生とは質の違う知性を持っている。興味深い話でもあるし、今度、もう少し掘り下げて聞いてみよう。

「サッカー部、活動は問題なく続けられるの?」

「正式な処分は今日の放課後に決まるみたい。視聴覚室に五時に集まれって言われてる。引退する先輩のしようだし、僕らが責任を取らなきゃならない理由も分からない。厳重注意で済むような気がしてるけど、最悪、一週間くらいは部活動停止を覚悟しなきゃかな」

 多分、今日まで、大半の部員は似たようなことを考えていたように思う。先輩の他校との小競り合いなんて、後輩にとってはまつな事件でしかなかったからだ。

 しかし、その日の放課後、僕らは想像もしていなかった現実と直面することになった。


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