第一話 年満月の月天心(5)ー2
通話を終えて団欒ルームに戻ると、華代が作戦の最終チェックに加わっていた。
伊織と華代が真剣な顔で、リトリート戦術の注意事項を確認しあっており、やや離れた位置から圭士朗さんがその話に耳を澄ましている。
借りていた携帯電話を華代に返し、先ほどまで座っていた椅子に腰を下ろすと、
「個人的な事情を
そんな
「優雅。お前、俺たちに何か話さなきゃいけないことがあるんじゃないか?」
圭士朗さんに
彼の問いを受け、伊織が資料から顔を上げる。
「どうした? 何かあったのか?」
「電話の相手は真扶由さんだろ? 華代がわざわざ俺の目を避けて、取り次ぐような相手は彼女しかいない。やり取りに干渉するつもりはないが、優雅、お前は隠し事が下手だ。ここ最近、ずっと何かを迷っている。話すべきことがあるなら話したらどうだ?」
まったくもって
彼が想いを寄せる藤咲真扶由に別れを告げられたこと。
伊織が想いを寄せる楠井華代からの告白を受けたこと。
それらを僕は親友の二人にも話せていない。いつかは伝えなければならない。そう頭では思うのに、選ぶべき言葉さえ見つけられないまま先送りにしてきた。
「相変わらず何もかもお見通しか」
「たった一人で足踏みを続けるくらいなら、誰かに相談してみるのも一つの手だろ」
「そうだね。それも、その通りだと思うんだけど……」
難しいのは、この問題が僕、圭士朗さん、真扶由さんの三人だけで完結する話ではないことだ。真扶由さんと別れたことを告げれば、当然、理由を問われるだろう。それは華代の想いを明らかにしない限り説明出来ない。圭士朗さん一人だけにならともかく、伊織には……。
「分かった。その話は後で二人になった時に話すよ」
「優雅ってさ、そうやってすぐに逃げるよね」
僕の答えから一秒と間を置かずに、冷やかな口調で華代が告げた。
「
「いや、だってちゃんと説明しようとしたらさ」
華代の気持ちを、僕が勝手に話すわけにはいかない。それは、ほかならぬ彼女に気を遣ってのことだったのに、その時、華代が僕に向けていたのは呆れたような眼差しだった。
「良いわ。私が話す。二人には聞いておいてもらった方が良いと思うもの」
「さっきから、お前ら何の話をしてるんだ?」
不思議そうな眼差しで僕らを見つめる伊織に向き直り、華代がそれを告げる。
「優雅と真扶由、別れたの」
伊織が口をポカンと開き、圭士朗さんは表情を変えずに目を細めた。
「美波高校と戦う前日に二人は別れてる。さっきの電話は圭士朗さんの予想通り、真扶由からだよ。レッドスワンが勝ち残ったら、三回戦を会場に観に来たいんだって」
「ちょっと待ってくれ。今、優雅と真扶由さんが別れたって言ったんだよな?」
伊織が話を
「そうだけど」
「え、何で? つーか、別れたんだとしたら、どうして電話がかかってくるんだ?」
伊織は助け船でも求めるように圭士朗さんに視線を送る。
「悪いが俺も何も知らない。二人が別れたという話も初耳だ。優雅、どういうことなんだ?」
「どうって言われても、華代が話したことがすべてなんだけど……」
「何を言ってるの? まだ、肝心な話が残っているじゃない」
批難するように僕を
「隠していても仕方がないし、全部、正直に話すよ。伊織、ごめんね」
華代は一度、謝罪を口にしてから、
「私が優雅を好きになっちゃったの。それで、両想いじゃないのに自分だけ彼女でいるなんて出来ないって言って、真扶由は優雅と別れることにした。そういうこと」
今度こそ本当に、文字通り、夢にも思っていない話だったのだろう。
こんな親友の顔は今までに見たことがなかった。伊織は顔の筋肉がおかしくなったんじゃないかと思うほどに頰を引きつらせ、どんな場面でも冷静さを崩したことのない圭士朗さんが、口を半開きにしている。
「優雅、まさかずっと黙っているつもりだったの?」
「いや、説明しなきゃとは思ってたけど、こんなこと何て言って良いか分からないだろ」
「好きな気持ちなんてどうしようもないんだから、隠していても仕方ないじゃん」
「だから、僕はそもそもその『好き』って感情がよく分からないんだって」
「ストップ。もう一度、確認しても良いか」
右手で顔面を押さえながら、伊織が左手を挙げる。
「状況が飲み込めないんだが、本当に華代が優雅を好きって言ったのか?」
「言ったけど、恥ずかしいから二回も言わせないで」
「じゃあ、つまり、あれか? 俺が振られた時の手紙に、『そういう風には見れない』って書かれていたのは、優雅のことが好きだから俺とは付き合えないって意味だったのか?」
「むしろ、それ以外にどういう意味があるの?」
そっけなく告げた後で、華代は言葉を続ける。
「優雅は私のことも真扶由のことも好きじゃない。要するに私たちは皆、片想いをしているってこと。誰の想いも叶っていないわけだから、誰一人、幸せになれていないけど、別に
華代は圭士朗さんを
「私、真扶由にレッドスワンの戦いを見せたいの。こんなに皆で頑張ってきたんだもん。親友に見て欲しいって、心の底から思ってる。圭士朗さんだってそうでしょ?」
華代に問われ、圭士朗さんは深呼吸にも似た長い息を吐く。
「そうだな。彼女が観に来てくれると聞いて、燃えない理由がない。それに、チャンスがあるなら諦めるわけにもいかない。彼女が優雅の恋人ではなくなったのなら遠慮はしない。もう一度、戦わせてもらう」
圭士朗さんは迷いなき顔で、そう断言した。
「なあ、それって俺も同じなのかな?」
遠慮するような眼差しで伊織が問う。
「俺にもまだ華代を振り向かせるチャンスはあるってことか?」
三秒ほど
「優雅が私を選ばない限りは、多分」
華代はそう答えた。
「あのさ、一つ、僕も質問して良いかな」
沈黙を続ける三人に対して言葉を続ける。
「圭士朗さん。さっき『俺たちに何か話さなきゃいけないことがあるんじゃないか?』って聞いてきたよね。この一ヵ月、そんなに僕の態度はおかしかったかな」
「そうだな。何か悩みを抱えているんだろうとは思っていた。ただ、それが真扶由さんに関係する何かだと気付けたのは、お前の様子を見たからじゃない。合宿が始まる前に、参考書を近所の書店に買いに行ったんだ。そこで彼女の母親と偶然会った時に言われたのさ。最近、娘の様子が何だかおかしい。夜、一人で泣いていることがあるって」
予期せず届けられた情景に、一瞬で胸がつまった。
「お前と付き合っていたことを、真扶由さんは誰にも話していなかったみたいだからな。俺も彼女の母親には何も話していない。そもそも最近の彼女の様子なんて、ほとんど知らないってのが正直なところだ。実際、別れていたなんて夢にも思っていなかった」
「……ごめん」
「お前は別に謝るようなことはしていないだろ。
「でも、僕がいつまでもはっきりとしないから……」
「恋愛感情は制御出来るものじゃない。時間に攻め立てられて結論付ける問題でもない。お前は誰かに責められるようなことはしていないよ」
だけど、僕の
僕ら五人の間には、言葉では説明し切れない複雑な関係性が渦巻いている。
ようやく心を
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