エピローグ(4)-1


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 ふじさきに恋人関係の解消を打診され、おりを振ったと思ったら、まさかの告白を自分が受けてしまった。一連の出来事は一週間足らずの間に起きている。

 頭の中にコンピューターで言うところのメモリのような物があるとしたら、完全に飽和状態を迎えていたわけだが、襲いかかるとうの日々は、まだ終わっていなかった。


 十一月二十一日、高校選手権に出場する四十八の代表校が出揃う。

 前年度王者でありインターハイ準優勝校、鹿しませいよう

 三年連続でベスト4以上の成績を残し、ついにインターハイで頂点に立ったしようとく

 名立たる名門が順当に出場を決める一方、十五年以上連続で選手権に出場していた青森の高校が地方予選で敗れるという波乱も起きていた。青森にはスーパーシードという特別枠があったはずだ。圧倒的な強豪校でも負けることがある。やはりサッカーには絶対などないのだ。

 その日の夜、二日後の組み合わせ抽選会を見据え、特番が放送されることになっていた。

 近年、高校サッカーはクラブユースの勢いに押され、しやようの雰囲気を帯びている。しかし、本年度の選手権大会は、過去十年で最高レベルの注目を浴びていた。

 古豪を指揮するまいばらの存在により、普段以上の注目が集まっている。しかも、今が旬の女優、さくらざわななが応援マネージャーに就任したのだ。離れ始めた世間の関心を呼び戻すために、こんなにも好材料が揃う年はないだろう。

 話題性抜群の赤羽高校には、週中に取材のテレビクルーが訪れていた。

 世怜奈先生のみならず、年代別日本代表経験者ということで僕にもカメラが向けられ……。

「チームとしては優勝を、個人としては得点王を狙っていきます」

 選手権のフィールドに僕が立つことはない。しかし、対戦校に警戒心を抱かせるため、世怜奈先生が用意した抱負を、カメラに向かって棒読みで語らされることになった。

 SNSで始まった『ガラスのファンタジスタ』祭りは、未だ収束していない。収録されたのはみたいなインタビューだが、特番の目的が世間の関心を引くことである以上、容赦なく流されてしまうだろう。

 インタビューを受けたのは僕だけではない。部員は皆、本日の放送を楽しみにしていた。

 全国放送でチームが紹介される特別な機会である。二十三時からの放送を一緒に見ようという話になり、二年生の男子部員は、練習後、僕の家に集まることになった。三馬鹿トリオも普通にやって来ている。

 認知症の祖母が施設に入って以来、僕は市営住宅に一人で暮らしている。

 仲間たちが入るスペースは十分にあるものの、さすがにリビングは狭くなっていた。


 特別番組の冒頭は、今年の応援マネージャー、櫻沢七海の紹介から始まった。

「やっぱ抜群に可愛いよな」

「こんな子、本当に新潟にいたのかよ。同級生だろ? 何処の小学校だったんだろうな」

 応援マネージャーの紹介にここまで時間を割くのは、バレーボールの大会で男性アイドルがフィーチャーされるのと同様、視聴者のニーズをかんがみてのことなのだろうか。彼女はバラエティ番組に出ないらしく、こういった生放送に出演するのも異例であるという。櫻沢七海が台本以外の台詞を喋る貴重な機会ということで、特番はネットニュースでも取り上げられていた。

かえで! だか! リオ! 番組、始まったぞ! 見ないのか?」

 三馬鹿トリオはうちに入るなり、楓が持ってきたサッカー雑誌を広げ、奥の部屋で騒ぎ始めていた。番組を見ないなら何しに来たんだろう……。


 紹介VTRの中では女優らしい笑顔を振りまいていたものの、スタジオの櫻沢七海は番組開始からこわった眼差ししか浮かべていない。生放送に緊張しているのだろうか。

 やがて明後日の組み合わせ抽選会を踏まえた、注目校の紹介が始まった。

 高校選手権では前年度の成績がベスト4だった都道府県にシード枠が与えられる。

 出場校が異なっていてもシード権は引き継がれるため、鹿児島、東京A、長崎、石川の代表校は、抽選前からトーナメントにおける番号が決まっている。分かりやすい優勝候補の一角と言えるだろう。

 前年度王者を筆頭に、注目チームの紹介VTRが流されていった。

 そして、ついに赤羽高校の名前が全国放送で読み上げられる。そのまま短いVTRが始まるかと思ったのだが、映像がスタジオに切り替わり、MCたちが世怜奈先生の話を始める。

 インターネットで一目惚れをした。インタビューを見て以来、すっかりファンになってしまった。MCの雑感がひとしきり続いた後で、番組はCMに突入する。どうやら美人監督が率いるレッドスワンには、既にCMをまたげるだけの力があるらしい。

「おい、三馬鹿! もうすぐ、うちの紹介が流れるぞ!」

 伊織に促され、ようやく楓、穂高、リオがリビングへとやって来る。

「どうせ先生とゆうの紹介だろ。興味ねえよ」

 悪態をつきながらも楓はテレビの前に腰を下ろす。

「うちは久しぶりの出場なんだ。注目が集まるだけで凄いことさ。良きにせよ、しきにせよ、モチベーションにも繫がるしな」

 赤羽高校の紹介VTRは、およそ予想通りのものだった。

 かつて選手権を沸かせた名将にバトンを託された二十六歳、大会最年少監督、舞原世怜奈。

 年代別日本代表の経歴を持つ、ガラスのファンタジスタ、たかつきゆう

 案の定、僕ら二人を中心としたVTR構成だったが、キャプテンの伊織、楓、リオ、常陸ひたちの長身四人にもスポットライトが当たっていた。全チームを見回しても、これほど背の高い選手をレギュラーに揃える高校は存在しない。セットプレーの強さなど、きちんとサッカー的な部分にも焦点を当てた、予想以上にまともな紹介だった。

 しかし、事件はVTRが終わった後で起きる。

 いや、これは生放送の特番である。事件と言うより、事故と言った方が正確だろうか。

『ガラスのファンタジスタ、高槻優雅君には全国大会でも沢山のファンが生まれそうですね。櫻沢ちゃんは、どう? 確か事務所は恋愛禁止という話だけど、彼のような選手は……』

 冗談めかしながら話題を振ったMCが異変に気付く。

『……あれ、櫻沢ちゃん?』

 番組が始まって以降、強張った表情で口をつぐんだままだった櫻沢七海が、大粒の涙を流している。なく溢れる涙を拭いもせずに、真っ直ぐ前を見据えていた。

 既に何本もの映画に出演している女優である。涙を流すくらい朝飯前だろう。

 これは何かの演出なのだろうか。そんなことを思ったのだが、真実は大きく異なっていた。


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