最終話 赤白鳥の星冠(3)


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 ハーフタイムのドレッシングルームには、飽和しそうな熱気が満ちていた。

 表層的に見れば、絶望的なまでに攻め立てられた前半戦だっただろう。美波高校は過去に対戦したどんなチームよりも破壊力のあるオフェンス陣をようしていた。こんなに多くのシュートを浴びたのは初めてである。それでも、僕らは食い止め続けることに成功した。

ゆう。向こうのシュート数を教えてくれ」

 おにたけ先輩に問われ、チームスタッツを集計していたタブレットを開く。

「被シュートは十四本、枠内シュートは六本で、かえでのキャッチが五つです」

「思ったよりも枠内に飛ばされたな」

「枠内シュートの半分はもちづきづかです。やはり彼が一番危険ですね」

 現在のチームになって以降、鬼武先輩はほとんど笑顔を見せなくなった。チームを叱咤しつたするために感情を見せることはあっても、常に浮かれることなく戦況を見つめている。

常陸ひたち、守備に下がりたくなるのは分かるが、お前に引っ張られて、向こうのDFデイフエンス陣まで上がってきている。そのせいで跳ね返したボールを、ストレスなく拾われているんだ。トップはあまり下がり過ぎるな。ラインを押し戻すのもお前の仕事だ」

 もともとCFセンターフオワードだった鬼武先輩の助言を受け、常陸は緊張の面持ちで頷く。

「受信の準備が出来ました。丁度、ハーフタイムコメントが始まるみたいです」

 壁際で作業をしていたの声が届く。

 本日の決勝戦は、地上波で生中継されている。ハーフタイムに監督インタビューがおこなわれることになっており、先生はドレッシングルームに戻って来ていない。

 受信機に繫がれたタブレットが壁に立てかけられ、全員がその前に集まる。


『王者の貫禄を見せ、赤羽高校を圧倒していたように思います。ゴールが生まれていないことが不思議なくらいの前半だったように思いますが』

 インタビュアーにマイクを向けられたづかりゆうせいは、不機嫌そうな顔で横を向いた。

まいばら先生! 僕はあなたを買い被っていたのかもしれない。お願いですから、あまり失望させないで頂きたい!』

 手塚の言葉を受け、カメラが現場をかんで捉える。フィールドの外、陸上トラックの一角に設けられたブースに佇む世怜奈先生は、相変わらず緊張感のない微笑を浮かべていた。

おつしやっている意味がよく分かりません』

『高校生にこんな戦い方をさせて恥ずかしくないのですか! あんなのはサッカーじゃない。あなたたちが見せたようなサッカーを、アンチフットボールと言うんだ!』

『それは負けた時の言い訳ですか?』

 手塚が言わんとしていることなど百パーセント理解しているくせに、世怜奈先生は何を言っているのか分からないというていで、痛烈な挑発を口にした。

『こんなやり方で勝って嬉しいんですか? 狙っているのはPK戦でしょう? 延長戦まで守りきり、運で勝負する。ああ、運という言葉は訂正しましょう。GKゴールキーパーの力量は残念ながら、そちらが上でしょうからね。だが、そんなのは作戦じゃない。最初からPK戦を狙うなんて、学生に取らせるべき戦術じゃない! こんなきようなやり方で選手権への切符を勝ち取っても価値などない!』

 レッドスワンが見せた徹底的に自陣に引きこもる戦い方に、手塚は激昂していた。彼がひようぼうするのは、失点してもそれ以上の得点で打ち勝つ攻撃的なチームだ。

 手塚の哲学と世怜奈先生の戦術は、根本から嚙み合わない。

『舞原先生、あなたは若過ぎるんだ。二十六歳という年齢で、チームを決勝まで導いた手腕は認めます。だが、高校サッカーは教育の一環だ。監督は指導者として子どもたちに正義を見せる義務がある。僕はあなたの戦い方を容認出来ない。どんな手を使ってでも打ち倒し、レッドスワンの息の根を止めさせてもらいます。あなた自身も正しい指導者について学ぶべきだ。僕の下に来て下さい。それだけの才能を、こんな風に浪費するなんてろうでしかない!』

 大袈裟な身振りと共に、手塚は世怜奈先生に熱く語っている。

 こんなハーフタイムの光景、見たことがない。全国何処を見回したってぜんだいもんなはずだ。

『手塚先生、試合前にお伝えした言葉を覚えていますか?』

 カメラの映像が切り替わり、世怜奈先生を真正面から捉える。

 そして、彼女の唇から零れ落ちたのは……。

『私、お喋りな男は嫌いです』


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