第五話 空蝉の鹿鳴草(3)
3
一試合が七十分だったインターハイ予選と異なり、選手権予選は八十分で実施される。四十分ずつの前後半を戦い、勝敗がつかなければ二十分の延長戦、そこでも決しない場合は、PK方式で次回進出チームが決まることになる。
新潟大会では五名まで交代が認められている。プロの公式戦と比べれば、交代枠が二人分多く用意されているものの、五名すべてを交代するケースは珍しい。途中で怪我人や退場者が出た場合のことを考え、最低一つは交代枠を残して戦うつもりだった。
前半戦は風上に立つレッドスワンのキックオフで始まった。
新
むしろゲームに対する戸惑いは、開始からわずか数分で、敵のベンチに生じることになる。準備してきたプランが使い物になっていないと、早くも気付いたのだ。
敵はレッドスワンの陣形を壊すため、前回同様、中盤の底に君臨する司令塔の
ところが、大役を任された堂上は、当惑の色を隠せずに右往左往を繰り返していた。マーク相手の圭士朗さんが、想定外の位置にポジショニングしているせいで捕まえられないのだ。
圭士朗さんが中盤の底に位置しているからこそ、最前線でプレーするFWの堂上がマーク可能になる。だが、圭士朗さんは試合開始直後から、いつもより前にポジショニングしていた。
最前線で
サッカーはあらゆるスポーツの中で、最も知性に左右される競技である。何故ならオフ・ザ・ボールの動きが、競技構成の最重要位置を占めているからだ。
ボールに触っている瞬間なんて、統計を取ってみればわずかなものである。ドリブルが得意な選手でも、十秒もボールを保持すれば潰されてしまうだろう。攻撃時、ボールを持っていない時に何処へ走るのか。守備であれば何処のスペースを潰すべきなのか。それを見極める知性こそがサッカーでは重要になる。局面の戦いなど積み重ねた準備の
圭士朗さんは司令塔だが、その働きは守備面でより効果的に発揮される。ずば抜けた知力と視野で、危うい場所を誰よりも早く察知し、敵のチャンスを徹底的に潰していくからだ。
レッドスワンが鉄壁の守備を誇るのは、バイタルエリアに圭士朗さんが君臨しているからである。それを誰よりも理解しているのは、ほかならぬチームメイトだ。圭士朗さんを前線に上げるという案には、当初、はっきりと反対する者もいた。だが、それでも僕はこの作戦を実行に移すことに決めた。今の僕らなら、この方法で偕成学園を打ち倒せると確信したからだ。
どちらつかずの流れのまま十分が経過し、ようやく偕成ベンチから指示が下る。
マンマークの指示に迷い、中途半端な位置で惑っていた堂上が前線へ戻され、代わりにボランチの一枚が圭士朗さんのマークにつくことになったのである。
この作戦の最初の目的は、堂上を圭士朗さんのマークから外すことにあった。堂上はプレーに
序盤から敵のプランを狂わせた上で、堂上を圭士朗さんから引きはがす。
ここまでゲームは想定通りに進んでいた。
十五分も戦えば、両チームの戦い方は明確になる。
最前線に戻ると、堂上はミスマッチを利用しようと、穂高の周囲にポジショニングするようになった。二人は身長も体重もまるで違う。フィジカル勝負では相手にもならない。しかし、そんなことは誰もが百も承知である。堂上のことは
伊織は堂上を上回る体格の持ち主だし、鬼武先輩は持ち前の馬力で多少の身長差など、ものともしない強さを見せられる。警戒すべき堂上を伊織と鬼武先輩が封じ込め、
上背のない加賀屋は重心が低く、小回りの利くプレイヤーである。高身長で足も長い伊織が
まだ嚙み合っているとまでは言えないが、伊織と穂高のCBは、互いの短所を補い合える良質の組み合わせとなっていた。
圭士朗さんがバイタルエリアにいない
一方、レッドスワンの攻撃は偕成に比べ、圧倒的な停滞ムードを漂わせていた。
序盤、チームには右サイドの
天馬は自らのテクニックに自信を持つ典型的なドリブラーだ。キックオフ直後こそ、敵DFに混乱を与えていたものの、一辺倒の攻撃はすぐにその勢いを失ってしまった。
両サイドに大きく開くようにポジショニングするFWを、ウイングと呼ぶ。
作戦通り、右ウイングの天馬にばかりボールを集めていたため、あっという間に彼のスピード、フェイントは読まれるようになってしまった。
ウイングの選択肢は大きく二つ、サイドを直進するか、中に切れ込んでいくかである。右サイドに位置するレフティの場合、相手に脅威を与えやすいのは後者だろう。ゴールに対して身体を開いた状態で中央に切れ込めるため、そのままシュートに持ち込めるからだ。
では、DFはどう対処すれば良いのか。最も簡単な方法は、正面と中央に一人ずつ選手を配置し、縦と横のコースを二つとも切ることだ。
天馬は長いブランクを持つ高校一年生である。このレベルの守備網を独力で突破出来るだけのスキルはない。あっという間にダブルマークの対策を打たれ、手詰まりになっていた。
上手くいくとは思えない攻撃を繰り返しても、いたずらにボールを失うだけである。それでも、天馬はベンチからの指示通り、頑ななまでに一対一を仕掛け続けていた。
レッドスワンは右サイドからしか攻撃を仕掛けてこない。頭の中にそんな固定観念が刻まれてしまえば、左サイドに隙を作ってしまうことになるだろう。それが分かっているからこそ、彼らは左サイドでフラフラしているリオ・ハーバートのことを、ずっと気にかけている。ボールに触る気配のないリオに、いつボールが入るのかと注意深く見張っている。
敵の思考を誘導することで、ゲームのイニシアチブを握る。それは、一ヵ月前に
単純なやり方で、あの
一つずつ布石を打ち、ゴールへの道筋を描いていくのだ。
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