第五話 空蝉の鹿鳴草(2)ー2


 本日、僕がけんこんいつてきの戦いに送り込んだイレブンは、以下の通りである。

 GK、さかきばらかえで(二年)。

 DFデイフエンスしろさきづき(三年)、きりはらおり(二年)、ときとうだか(二年)、おにたけしんすけ(三年)。

 MFミツドフイルダーうえはたひろおみ(二年)、じようけいろう(二年)、なりみやろう(一年)。

 FWフオワード、リオ・ハーバート(二年)、ぜん常陸ひたち(二年)、神室かむろてん(一年)。

 いつもと異なる4‐3‐3で申請したが、小細工に惑わされる相手ではないだろうか。

「お前ら、本気であのチビをCBセンターバツクに入れて戦うつもりらしいな」

 ピッチサイドで給水ボトルの調整をおこなっていたら、あきらに声をかけられた。

「試していたのは知ってたけど、まさか俺たちとの試合でDFに先発させてくるとはな」

「そっちのレギュラーは五月から変わっていないみたいだね」

「完成されたチームってのは、奇策に走ったりしないもんだ。基礎が出来上がっていれば、それを上積みするだけでチームは強くなる」

 偕成とは異なり、レッドスワンは先発メンバーだけで三名が変わっている。

「チームは生き物だ。正解があるとは思わない。成長期の高校生なら、なおのことそうだ」

「それで三年のCBを外して、二年の俊足をコンバートしたってわけか? あの穂高って奴は、もともとウイングだろ? あんな軽い奴をCBに入れるなんて自殺行為だと思うぜ」


 九月末日、穂高はある一つのちんじようを監督におこなった。

「俺もDFがやりたい。CBをやらせて欲しいです」

 彼の願いを最初に聞いた時、僕はまた頭でも打ったのだろうと思った。

 百六十二センチはチーム最低身長である。俊足という武器を持つものの、くつきようなFWには簡単に弾き飛ばされてしまうフィジカルだ。世の中には決して高くない身長で、バロンドールを受賞するまでに至ったCBもいるが、穂高の体格でこなせるポジションだとは思えなかった。

「穂高、中学の時はCFセンターフオワードだよね? DFなんてやったことないでしょ?」

「だってさ、ずっとDFなんてつまんないと思ってたけど、レッドスワンでやるならCBの方が楽しそうなんだもん。攻撃の練習でもセットプレーの確認が長いし、俺、暇なんだよね」

 セットプレーではDFから伊織や鬼武先輩を上げる代わりに、上背のない穂高が最後尾に配置される。攻撃に関われない彼にとっては、確かに退屈な時間だろう。

「それに、インターハイ予選で負けたのは俺のせいだろ。もうあんな思いはしたくない」

「穂高のせいで負けたわけじゃないよ」

「でも、俺が最後に加賀屋にやられたからじゃん。あの時に分かったんだ。守備は足が速いだけじゃ駄目なんだって。もっと色んなことを勉強しなきゃ駄目だって。先生は楓をGKにしただろ。楓に出来るなら俺にだって出来るかもしれないじゃん。それに最近のもりこし先輩は失点のきっかけになってばかりじゃないか。俺のCBだって試してくれても良いだろ?」

 一時の思いつきで言い始めたわけではないようだが、やはり僕にはまともなアイデアとは思えなかった。ところが、熟考の後、意外にも世怜奈先生が乗り気な姿勢を見せる。全国大会を見据え、本格的に穂高のコンバートを考慮し始めたのだ。

 もちろんひとすじなわではいかないポジションチェンジだったし、他のDF陣は難色を隠さなかった。それでも、世怜奈先生は辛抱強く、練習試合を通して決め事を叩き込んでいく。

 出来ないことは伊織と両SBサイドバツクにフォローさせ、穂高の特性を生かす形で、新しいDFラインを構築し始めたのだ。


 始まった選手権予選。

 ここまでの三試合、いずれもレッドスワンは試合の途中で森越先輩をベンチに下げ、穂高をCBにコンバートさせて戦っている。三回戦と四回戦はゲームのたいせいが決まった後での交代だったが、準々決勝は後半の頭からCBとしてプレーしていた。その上で……。

「俺たちの成績は三試合連続のクリーンシートだよ」

 偕成学園がレッドスワン対策を練ってくることは分かっていた。軽井沢合宿で長野と山梨の代表チームがやったように、森越先輩を狙い打ちにしてくることも予想がついていた。しかし、本日のピッチに森越先輩はいない。彼らが用意してきた準備は無駄になったはずである。

「今日で無失点記録は終わりだ。お前らの監督は采配を後悔することになるぜ」

 教えてやる義理もないが、本日の先発メンバーを決めたのは僕である。一ヵ月以上前から、僕はこの試合だけを見据えて準備してきた。仲間たちも僕を信じ、信頼を預けてくれた。

 加賀屋、すべてが終わった後で後悔することになるのは君たちの方だ。


 もう言葉は要らない。

 僕は結果で、すべてのノイズを消してやる。


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