第五話 空蝉の鹿鳴草(2)-1


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 十一月七日、土曜日。

 準決勝は新潟市陸上競技場で開催される。

 二万人近い収容人数を誇る会場の座席は、既に三分の一以上が埋まっていた。

 たかだか高校生の地方予選、それも準決勝にこれだけの人数が集まるというのは、異例中の異例と言えるだろう。あかばね高校サッカー部は、ここまで順調な勝ち上がりを見せている。

 三回戦、四対〇。四回戦、二対〇。準々決勝、二対〇。派手な勝ち上がりではないものの、前評判通りの守備力で、三試合を失点〇の無傷で勝ち上がってきた。

 しかし、問題は今日からである。

「なりふり構わずゴール前を固めるレッドスワンの戦術は、選手の実力を見れば賢明な選択でしょう。ただ、全国で通用するレベルには達していない。今年も決勝のカードは同じですよ」

 準々決勝を制した後で、偕成学園の監督はそうコメントを発表していた。前回の対戦と同様、先生がレッドスワンに守備的な戦いをさせると予想しているのだろう。その上で、十分な対策を練ってきているに違いない。だが、本日、準決勝の指揮は僕に一任されている。


 スタンドには十時キックオフの一試合目を制した美波高校の姿があった。

 美波高校史上最強と噂される強力スリートップも、ひとくせふたくせもある有名監督も、これから始まる準決勝の二試合目に、ゆうぜんと視線を落としている。

 例年、選手権予選は決勝戦のみ地上派で放送されていたが、インターハイ予選と同様、今大会に集まる異様な注目度が考慮され、準決勝からテレビ中継が入ることになっていた。

 試合後には決勝戦を前にした監督インタビューも予定されているらしい。


 レッドスワン側のスタンドには、まいばらさんやさん、はるちゃんの姿があった。

 あれがオーラというものなのだろうか。ターコイズのパーカーをる吐季さんは、眠たそうな顔で席に座っているだけなのに、抜群に目立っている。

 陽凪乃さんと双眼鏡を手にした陽愛ちゃんは、これまでの試合も観に来てくれている。吐季さんが観戦に訪れるのは、インターハイ予選以来のことだ。

 この試合で采配を振るにあたり、僕は基盤となるアイデアを吐季さんからもらっている。

 重い腰を上げて足を運んでくれた彼に、リベンジを果たす姿を見せたかった。


 吐季さんたちに挨拶をしてから、ベンチへ戻ると……。

ゆう様!」

 黄色い歓声の狭間に、聞き覚えのある声が届く。

 スタンドの最前席に、ゴシックロリータのファッションに身を包む少女の姿があった。

「ああ、あずさちゃん。久しぶり。観に来てくれたんだね」

 品格のあるおを見せたのはさかきばらあずさかえでの二つ年下の妹だった。

 僕がスタンド前まで近付くと、梓ちゃんは手すりにつかまって身を乗り出してくる。

「お兄ちゃんに聞きました。今日の指揮のこと」

 周囲を確認してから、彼女は僕にだけ聞こえる声でささやく。

「優雅様の初采配は絶対に現場で目に焼き付けなくてはと思ったのです」

「それ、部外秘の情報なんだけどね。まったくあいつは……」

 自陣エリアに目を向けると、楓が控えGKゴールキーパーおうろうにクロスバーで懸垂を強要していた。ウォームアップもせずに、相変わらずふざけた奴である。

「家に帰ったら、楓の口をホッチキスで止めておいて」

「外では話していないと思います。うちでは毎日、今日の試合のことを喋っていましたけど」

「僕の指示で戦うのが面白くないんだろうね。練習でも不満ばかり言っていたし、ちゃんと試合に集中してくれるか不安だよ」

「お言葉を返すようですが、それは逆かもしれません」

 ツインテールの彼女の髪が秋風になびく。

「優雅様に勝てるのは俺だけだって。俺以外の誰かに優雅様が負けるなんて許せないって。お兄ちゃん、そんな風に言いながら、毎日、偕成学園のVTRを見て研究していました。皆さんの前ではあくたいをついていたかもしれません。でも本当は誰よりも優雅様を勝たせたいんです」

「……そんなこと、僕に話したって知られたら、梓ちゃんが怒られるよ」

「問題ありません。私の使命は優雅様を支えることですから」

 何に惹かれたのか分からないが、出会った頃から梓ちゃんは僕にしんすいしている。来年、赤羽高校に進学してサッカー部のマネージャーになると言っていたのも、恐らく本気だろう。

 レースの手袋をはめた両手を胸の前で重ねて、彼女は熱っぽく語る。

「私、優雅様より知性的な選手を見たことがありません。だから分かるんです。今日の試合、レッドスワンは偕成学園を打ち倒します」

「うん。ありがと。期待に応えられるよう全力を尽くすよ。それだけは約束する」

 来年、彼女をサッカー部に迎えるためにも、絶対に優勝しなければならない。

 いつかの未来もまた、これからの戦いにかかっているのだ。


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