第五話 空蝉の鹿鳴草(8)


             8


「あー! 間違ったー!」

 駆け寄った仲間たちにフィールドになぎ倒されながら、リオは再び叫ぶ。

かんがくいんすずめもうぎゆうさえずったー!」

 どうやら興奮する余り、決め台詞を間違えてしまったらしい。心の底からどうでも良かったが、彼がしゆくんのゴールを決めたことも事実である。

 中央へクロスを折り返した時点で、仕事が終わったとリオが考えたなら、このゴールは生まれていない。リオが走り込まなければ、けいろうさんは自らシュートを打っていただろう。

 かいどうちゆうちよなく前方に身を投げ出していた。勇気ある飛び出しによるビッグセーブになっていた可能性だってあったのだ。

 GKゴールキーパーと衝突した圭士朗さんは、ラストパスを出した瞬間に身体を浮かせていた。衝突の勢いを逃がすことに成功していた彼は、既に立ち上がり、リオとハイタッチを交わしている。


 呆然とした眼差しで立ち上がれずにいる二階堂に、主審がイエローカードを提示する。

 時計を見ると、ゲームはアディショナルタイムに突入していた。

だか! CBセンターバツクに戻れ! づき先輩も左SBサイドバツクに戻って下さい!」

 ベンチの前に出て、歓喜に沸く仲間たちに指示を送る。

「圭士朗さんはボランチの位置まで下がって! れんは左サイドハーフだ! ふうすけを投入するから、高い位置を取ってくれ! フアイブバック、スリーボランチで守るぞ!」

 表示されたアディショナルタイムは三分。しかし、終了間際の得点とゴールセレブレーションで消費された時間が追加されるだろう。

「封介! 次にボールが切れたら交代だ。ボランチでいくぞ!」

 僕らは準決勝の舞台で、既に二回も苦杯を舐めさせられている。わずかな勝利の可能性も残すものか。ここからは徹底的に守ってやる。

 遅延行為での警告をくらわない程度にゴールを喜んだ後で、ゲームは再開される。

 この五年間、偕成学園は選手権予選では美波高校以外に負けていない。試合最終盤に生まれた逆転ゴールに、選手たちは動揺していた。

 焦りをにじませた無謀な攻め、そういった敵のミスを見逃さないのが、ボランチに入った時の圭士朗さんである。

 しゆりようしやのようにパスをカットすると、前線に移動した蓮司に、追いつけるはずのないロングパスを送る。蓮司は必死にボールを追ったものの、ボールはあっさりとタッチラインを割ってしまう。

 偕成学園の選手は素早くリスタートをおこなおうとしたが、主審が笛でそのプレーを止めた。こちらが選手交代の準備をしていたからだ。

 当然、戦術的な交代ではない。時間を使うためのものである。

 交代するのは、後半十三分にてんと代わって入った蓮司。交代で入ったのに、再び交代でベンチに下がらなければならないというのは、ある意味で屈辱的なことだろう。けれど、蓮司の顔に悔しさはない。この交代の意味を理解しているからだ。

 僕はゲームがリスタートする前に、蓮司を左サイドハーフに上げている。圭士朗さんは敵陣の一番深い位置でボールがタッチラインを割るようにロングパスを送り、蓮司は追いつけるはずもないボールを最後まで追いかけた。蓮司は交代選手からフィールドで最も遠い場所に位置することになったのだ。

 時間稼ぎを汚いという人間もいる。実際、試合を見ていて、感情移入しているチームが敵にやられた時には、本当にいらたしく思う。もっと正々堂々と戦って欲しいとも思う。

 だが、これは戦いだ。レッドスワンの生存をかけた戦いなのだ。勝つために出来ることは全部やる。ルールにのっとった上で、出来る努力はすべてやり切ってやる。

 時間をかけてフィールドを横断する蓮司に、偕成学園の応援席から容赦のないが飛ぶ。しかし、蓮司は胸を張ってピッチを後にした。

 敵は蓮司が投入された左サイドを徹底的に攻め立てたものの、彼は仲間と共に最後までゴールを守り切った。ミスもあったとはいえ、自分に出来ることをやり切ったのだ。

「見たか、ゆう! やってやったぞ! お前の作戦勝ちだ!」

 フィールドから出るなり感極まって叫んだ蓮司と、勢い良くハイタッチを交わす。

 戦っているのはレギュラーの十一人だけじゃない。

 興奮しながらベンチに下がる蓮司の頭を、仲間たちが次々と祝福するように叩いていった。


 交代に伴う時間で、肉体的にも精神的にもリフレッシュを図ったイレブンは、ゲームが再開してからも一切の混乱を見せなかった。

 チャンスを作らせないまま偕成の攻撃を封じ切り、アディショナルタイムが五分を経過したその時、終戦を告げるホイッスルが響きわたる。

 高校選手権予選、準決勝。

 二対一というスコアで偕成学園を打ち倒し、僕らは決勝への切符を手に入れる。


 ついに、絶対王者、美波高校に挑戦する時がきたのだ。


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