第六話 錨星の挑発

第六話 錨星の挑発(1)


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 三度目の正直で、ようやくかいせい学園に勝利した。

 試合の感想を選手一人一人に伝えていた先生がスタッフに呼ばれ、一足先にスタジアム内に戻っていく。本日の準決勝にはテレビ中継が入っている。一週間後の決勝戦を前に、試合後、両校の監督による記者会見が放送されることになっていた。

 一試合目を戦ったなみ高校は、六対一というスコアで対戦校をふんさいし、かんろくの勝ち上がりを見せている。インターハイベスト4の実力はではなかった。

 僕らはまだ何も成し遂げていない。決勝戦で美波高校を倒して初めて、未来がひらけるのだ。


「お前らがあんなに攻撃的に来るとは思わなかった」

 こいつは試合が終わった後で、敵と喋らないと呪われる病気か何かなのだろうか。

 いつものようにがやって来る。

「過去の試合を研究したことがあだになったのかもな。最後まで主導権を握れなかった」

「敗戦直後だってのに随分と冷静だな」

「俺はこれが最後のチャンスってわけじゃないしな」

 加賀屋が目を向けた先で、どうじようが人目もはばからずに泣いていた。集大成の年、今年こそ王者を倒すと意気込んで臨んだ大会で、挑戦権を手に入れるより先に散ってしまったのだ。

「もしも負けていたら、僕らも先輩とプレーをするのは今日が最後だったんだな」

「嫌味のつもりか? 負けるなんて微塵も思っていなかった。そう聞こえるぜ」

「負けると思っていなかったというより、負けた時のことなんて考えていなかったって言った方が正しいのかな。美波高校対策も続けてきたしね。偕成には絶対に勝つつもりだった」

「……お前、少し変わったな。前は何を考えているのか、さっぱり分からなかったのに」

 加賀屋はスタンドに視線を移す。

 僕に向けられた応援弾幕に苦笑いを浮かべた後で、とある一角に目を留めた。

「負け惜しみで言うわけじゃないけど、今日のやり方じゃ美波には勝てないぜ。お前らの攻撃は見事だった。でも、骨を切らせて肉を断つみたいな戦い方じゃ、ボロボロにされるぞ」

「骨を切らせたら、そこで終戦だけどな」

 ことわざの間違いを指摘したのだが、加賀屋は気付かずに言葉を続ける。

「今、新潟でナンバーワンの選手は、美波のもちづきづかだ。お前らは昔から何を考えているか分からない奴らだったけど、最近、ようやく気付いたことがある。お前は自分に興味がなくて、弓束は他人に興味がないんだ。決勝でぶつかる相手が火花を散らしていたってのに、あの野郎、スタンドでハーフタイムにはばくすいしてやがったからな」

 加賀屋があごで示した先に、一人の少年がいた。隣に座るマネージャーらしき少女の肩に寄りかかりながら、完全に熟睡している。あの不敵な態度は望月弓束で間違いないだろう。

 中学三年生の夏、僕は年代別の日本代表合宿に招集されている。

 新潟から呼ばれた選手は二人おり、もう一人が望月弓束だった。僕も彼も共に人見知りをするタイプだったけれど、同じ県出身の選手ということで、多少の交流は持っている。

 合宿には体育会系ノリの若者が多かったが、弓束は良く言えばマイペース、悪く言えば周囲の空気をかえりみない男だった。摑みどころのないその性格はプレーにも反映されている。

 中学まで有名なクラブチームに所属していた弓束は、熱烈なラブコールを受けて美波高校に進学したと聞く。今でも時折、日本代表に招集されることがあるようだ。

「打ち合いなんて挑んでみろよ。トラウマになるレベルでいつしゆうされるぞ」

「それって加賀屋は僕らを応援してくれているってこと? 選手権で県代表に結果を出して欲しいなら、美波が優勝した方が良いような気もするけど」

 新潟県勢は高校選手権で優勝したことがない。

 Jリーグチームの誕生に後押しされる形でサッカー人口が増え、育成環境の整備も相まって、県全体のレベルは上がっているが、いまだに悲願は成し遂げられていない。

づかみたいなさんくさい監督より、美人が喜ぶ顔の方が見ていて気分も良いだろ。まあ、期待せずに見守ってやるよ。どのみち来年は必ず俺たちが美波を倒すしな」

「その美人監督が言っていた言葉を忘れたのか? これからはレッドスワンの一強だよ」

「言うようになったじゃねえか。来年が楽しみだ。今度こそ、ゆうも出て来れるんだろ?」

 加賀屋の請うような視線が突き刺さる。

 彼は僕のことを最大のライバルと認めた上で、ずっと対戦を心待ちにしていた。

「分からない。来年のことは、まだ分からないよ」

「その回答で十分だ。やっと否定以外の単語を聞けたぜ」

 満足そうに告げて、加賀屋はまだ悲嘆に暮れる偕成ベンチに戻っていく。

 子どもの頃からサッカーを続けていれば、飽きるほどに敗戦を経験することになる。大切なのは敗北から何を学ぶかだ。加賀屋は来年を見据え、既に心を奮い立たせていた。


 試合終了後に監督の記者会見が予定されているため、決勝進出チームには控え室が用意されている。用意された部屋に足を踏み入れると、がタブレットに受信機を繫げていた。

「何やってるの?」

「もうすぐ監督インタビューが始まるでしょ。また世怜奈先生がれつなことを言い出すかもしれないし、皆で見ておいた方が良いと思って」

 美波高校の監督、づかりゆうせいは就任七年目、三十二歳のまだ若い男である。その特徴的なルックスと、周囲を手玉に取るような言動で、しはともかく知名度も抜群である。

 個性的な二人が臨む記者会見に、不穏な予感を覚えている人間は少なくないだろう。

 華代が壁際にタブレットをセットし、部員たちがその前に群がり始める。

 偕成学園撃破の興奮が冷めないのか、まだユニフォーム姿の選手も何人かいる。

「皆、ちゃんと汗の処理はしたの? 風邪なんて引いたら承知しないからね」

 華代は内にこもる気質の少女だが、三馬鹿トリオの問題行動に振り回され続けた結果、気付けば、先輩以外には遠慮なくものを言うようになっていた。

「ちょっと、ここで着替えないでよ! 向こうに更衣室があったでしょ!」

 ユニフォームを脱ぎ出した三馬鹿トリオに、華代は容赦なくボールを投げつける。

「おい、てめえら! 女子がいるんだぞ! ちゃんと気を遣え!」

 キャプテンらしくおりが、その場を正そうと立ち上がったのだけれど……。

「あー! 伊織が華代ちゃんを守ったー!」

「お? 華代が好きなんじゃね? マネージャーのことが好きなんじゃね?」

「欲シガリマセン! 勝ツマデハー!」

 三馬鹿トリオの小学生レベルの挑発に、伊織が激昂する。

「てめえら、ぶっ飛ばすぞ! さっさと更衣室で着替えて来い!」

 三匹の猿が伊織に追い出され、控え室にせいじやくが戻る。

 かえでだか、リオの三人は、試合中こそ頼りになるものの、精神面はこの一年でまったく成長していない。最近は世怜奈先生も調教を諦め、ある程度、ばなしにする方針を取っていた。

 やがて、監督インタビューの中継が始まる。

 そして、その会見では、誰もが予想しなかった光景が繰り広げられることになった。


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