第六話 錨星の挑発(2)
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対する県の絶対王者、美波高校サッカー部の指揮を執るのは、就任七年目の
手塚は就任三年目で初優勝を飾ると、以降、四期連続でインターハイ予選、選手権予選を制し、全国大会の常連監督となった。
世界的に見ても、サッカーほど長く
テクノロジーの進歩と共に、あらゆる分野がデータ化されるようになり、サッカーは経験や勘だけでは勝てない競技となった。より知性が重要視されるようになった現代において、指導現場に若い芽が
会見のテレビ中継は、準決勝を放送したローカル局でそのままおこなわれる。
会場には地方紙の記者以外にも、多くの報道陣が駆けつけていた。
SNSでその容姿が話題となり、爆発的な人気を得た世怜奈先生は、大会前に数々のインタビューに応じ、燃料を燃やし続けている。現在も世間の関心はまったく
緊張感のない微笑を
『美波高校は五期連続、赤羽高校は十三年振りの決勝進出となりました。まずは美波高校からお話を
インタビュアーの質問を受け、小さく鼻で笑ってから手塚は口を開く。
『五大会連続で同じカードじゃつまらない。マスコミ的にも面白くなったでしょうね』
そっけなく述べた彼の発言からは、感情がよく読み取れなかった。
『では、続いて赤羽高校、舞原監督に今の気持ちを聞いてみたいと思います。念願叶っての決勝進出、気持ちも
『見当外れなコメントには、切り返しが難しいですね。五月に宣言した通り、今、県で一番強いのは私たちです。これまでの勝利と異なる
『随分と
苦笑いを嚙み殺しながら、手塚が口を開く。
『偕成相手の戦い方には、正直、驚きましたよ。レッドスワンは守備一辺倒の退屈なチームだと思っていましたからね。まさか、あんな牙を隠し持っていたとは』
『一週間後にはその喉元に突き刺さっていますよ。すぐに笑えなくなる』
気付けば、インタビュアーを無視した
『まさか点の取り合いで、我々に勝てるとでも?』
『お山の大将を猿山から引きずり下ろすなど、
『猿山ときたか。可愛い顔をしてアグレッシブな方だ』
両監督はお互いに乾いた微笑を浮かべているが、インタビュアーの表情は凍りついていた。
『準決勝にテレビ放映が入るなんて異例と言わざるを得ない。会見にこれだけの報道陣が集まるのもね。今やクラブユースの躍進にやられて、高校サッカーの権威は落ちる一方だ。舞原先生には感謝していますよ。どういう形であれ、注目を集めてくれたことに変わりはない。舞台を整えてくれたあなたに敬意を表して、こちらも一つ、火に油を注ぎましょう』
世怜奈先生から視線を外すと、手塚はテレビカメラを見据えて微笑む。
『入手した確かな筋からの情報によれば、赤羽高校サッカー部は今大会で優勝しない限り、本年度をもって、長い歴史に幕を下ろすそうです』
一瞬で会場にざわめきの波が起こる。
緊張感のない顔で
『……何の話でしょうか?』
『誤魔化さなくて良いですよ。どうせ、すぐに実現する未来だ。レッドスワンは決勝で我々に敗れ、廃部となる。せっかく出てきたライバルの命をこの手で消すのは忍びないが、負けてやるわけにもいかない。決勝戦がレッドスワンの公式戦ラストマッチとなる』
唇を真一文字に結んだまま、世怜奈先生は反論の言葉を述べない。
『赤羽高校の経営者は何を考えているんでしょうね。僕には理解出来ないが、一つ、提案出来ることもある。舞原先生、次年度はうちの高校へいらして下さい。そもそも先生は美波高校のOGらしいじゃないですか。ぜひ、うちでアシスタントコーチを務めて欲しい。あなたは修練を積むことで本物の逸材にもなれるはずだ。僕の下に来て学ぶべきです』
『妄想が
『妄想じゃないさ。すべて真実だ。事実、あなたは否定していない』
『否定する必要がありますか? そもそも決勝で勝利するのは私たちです』
『良いね。まったく面白いよ。強気な女性は嫌いじゃない。これ以上の論戦は
立ち上がり、それから、手塚は何かを思い出したように世怜奈先生を見つめた。
『そうだ。もう一つ大切なことを伝え忘れていました。舞原先生、決勝戦で僕が勝利した
『……副賞?』
『あなたにデートを申し込みます。結婚を前提に僕とお付き合い願いたい』
あまりにも予想外の発言が飛び出し、会場に戸惑いが広がる。
すべての視線が集中した先で、世怜奈先生は……。
「……おい。何でうちの監督は、あんなに
中継画面を見つめながら、
タブレットの画面越しでも、世怜奈先生が動揺していることがはっきりと分かった。先生は不審者のごとく視線をさまよわせた後、テーブルに用意されていたコップに手を伸ばす。しかし、ぎこちない動きで摑み
「そういや男と付き合った経験がないって言ってたな」
腕組みをしながら中継を見つめていた
「女子大出身だし、このサッカー
先輩の推測を裏付けるように、コップの中身をぶちまけた世怜奈先生は、そのままの姿勢で完全に固まってしまっていた。
この人数の記者に囲まれた状況で、半分プロポーズみたいな告白である。平常心を保てという方が無理なのかもしれないが、いつもの飄々とした彼女は完全に消えてしまっていた。
会見場では、決め顔のまま手塚が
『……け、決勝戦が大変楽しみになってきたと表現したら良いのでしょうか』
硬直状態の世怜奈先生を一人、画面に残し、インタビュアーが無理やり締めに入る。
『それでは次週、第九十四回全国高校サッカー選手権大会、新潟県予選、決勝でお会いしましょう。ビッグスワンのスタジアムから生中継でお送りする予定です』
あの舞原世怜奈と手塚劉生が
何かが起こるかもしれないと期待した視聴者は少なくないだろう。しかし、事態は明後日の方向に飛び火し、想定外の
世怜奈先生は認めなかったものの、レッドスワンに理事会から課された存続条件までもが、
その運命の日がどんな一日になるのか。最早、誰にも想像がつかなかった。
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