第四話 夢幻の白鯨(2)


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 あかばね高校には一学年に七つのクラスが存在している。

 二年次に進級する際、文系を選んだ僕は、のほかにもう一人、サッカー部の生徒と同じクラスになった。ワントップのレギュラーFWフオワードを務めるぜん常陸ひたちである。

 すい島という離島で生まれ育った常陸は、バスケットボールの経験者でおりに次ぐ長身選手だ。おおがらな体格は見る者をあつするものの、島育ちらしいおおらかでぼくとつとした少年である。

 十月九日、金曜日。

 三限、四限の調理実習において、僕はさん、華代、常陸と四人で班を作っていた。本日の授業にはレシピの使い方を学ぶという目標が設定されており、各班が好きな料理を作ることになっていた。

「何でハンバーグを作るのにパンと卵が必要なんだろ。関係ないよな?」

 華代が用意していく材料を横目に、ひき肉といためた玉ねぎを混ぜながら常陸が呟く。

「パン粉を混ぜるとふっくらして口当たりが良くなるの。卵は繫ぎ。肉だけじゃバラバラになるでしょ」

「何でそんなこと知ってるんだ? 先生、授業で言ってたっけ?」

「華代は毎日、家で料理をしているものね。部活の後で家事までやってるんだから尊敬する」

「真扶由だって慣れた手つきじゃない。それに比べて一人暮らしのくせにゆうときたら……」

 ぎこちない動きでハンバーグを成形していたら、呆れ顔で華代に見つめられた。

「優雅君。両手でキャッチボールするみたいに軽く叩きつけると良いよ。中の空気を抜くの」

 誰よりも料理をしていなければならないはずなのに、僕は指示されたことしか出来ない。

「優雅、ストップ! 最初は強火で焼いて! 表面のたんぱく質がぎようして、うまを閉じ込められるから」

 成形が終わり、フライパンを火にかけると、即座に華代の注意が飛んできた。

「どうせ作るなら美味しく食べたいでしょ。両面に色がついたら火を弱くして大丈夫だから」

 本日は自由にグループを作って良かったため、男子だけで組んでいる班も多い。それはそれで気楽なのだろうが、結果を考えれば、料理の出来る女子二人とチームになって正解だった。


「うん。い。最高だ。二人のお陰だよ」

 まだ熱いハンバーグを口に運びながら、常陸が述べた言葉にちようはないだろう。しかし、

「この程度の料理、レシピがあれば誰でも作れる」

 そっけなく華代に切り捨てられていた。

「そんなことないと思うぜ。だって料理が上手い奴と下手な奴が確実にいるじゃないか」

「料理が苦手な人って、味覚や腕じゃなくて算数的な処理能力に問題あるんだと思う。せっかく設計図があるのに、数字をあいまいにしながら料理をするから失敗するの」

 本日の調理実習では、教師からのアドバイスがもらえないことになっていた。レシピを参考にしているはずなのに、悲惨な結果に終わった班も幾つか見受けられる。

 女子二人の手際が良かったこともあり、後片付けまで他の班より早く済んでしまった。

 先生が用意してくれた紅茶を飲みながら、授業終了時刻を待つ。

「ねえ、優雅君。今、近くの海に可愛かわいいお客さんが来ているって話、知ってる? クジラが遊びに来ているんだって」

「へー。去年もてらどまりの海岸に打ち上げられたってニュースがあったよね」

「あの時はミンククジラだったっけ。私ね、小学校の修学旅行でに行ったんだけど、フェリーのデッキに出ていた時、イルカがへいそうしてくれたの。あれは感動したな」

 真扶由さんとのお喋りを、華代と常陸は穏やかな眼差しで聞いていた。

 僕は自分のことを話すのが好きではない。真扶由さんと付き合っていることは常陸にも話していないが、もしかしたら、とっくに気付かれているのかもしれない。

「クジラ、りゆうはまに来ているんだって。ねえ、華代。次の月曜日って祝日だけど、サッカー部は練習ある?」

「月曜日の練習は午前だけだね。柳都浜なら部活後に歩いて行けるか。優雅の足も回復したし、練習後に皆で行ってみる? 私もクジラを見てみたい。常陸はどうする?」

「え……。俺も行って良いのか?」

「駄目な理由がないでしょ。あと二週間で初戦だから無理もないけど、私、最近の常陸は気負い過ぎだと思ってた。リフレッシュの必要性を感じてたんだよね」

 真面目な常陸には考え過ぎてしまうきらいがある。

 部員のメンタルに人一倍、注意を払っている華代は、ずっと気にかけていたのだろう。

 真扶由さんともリバイバル映画を観に行って以来、デートらしいデートをしていない。

 ホエールウォッチングはそれぞれにとって、良い気分転換になるかもしれなかった。


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