第四話 夢幻の白鯨(1)ー2
ガラスの壁とアクアウォールが広がるメインエントランスには、
「上がれよ。この紅茶を二人に飲ませてやれって、世怜奈さんに言われてる」
届け物を渡すと、部屋に上がるよう促された。
僕らが話を聞きやすいよう、先生が
吐季さんの自宅は驚くほどに
リビングに案内され、
「世怜奈先生に吐季さんの昔の話を聞きました。中学二年生の時、球技大会で上級生のチームをすべて倒して優勝したことがあるって。意外でした。子どもの頃は学校行事に真面目に参加していたんですね」
「まさか。普通に休むつもりだったのに、クラスメイトに取引を提示されたんだよ。もしも優勝出来たら、年度末まで掃除を代わる。だから、真剣にやって欲しいって」
「そうだったんですね。先生は吐季さんが本気でプレーしているようには見えなかったと言っていました。どうやって自分たちより
「そんなことを聞いてどうするんだ? サッカーのことは、お前らの方が詳しいだろ」
「今回の選手権予選、順当に勝ち上がれた場合、また準決勝で偕成と当たります。その指揮を先生に任されたんです。自分は決勝で当たるだろう美波対策に集中したいからって」
吐季さんは呆れたように嘆息する。
「生徒に指揮を任せて、決勝に残れなかったら笑い話にもならないな」
「本当にそう思います。それで、色々と考えてはいるんですが、これだっていうアイデアが見つからなくて。吐季さんの話を聞いて、参考に出来たらって思ったんです」
「そういうことか。わざわざ生徒に届けさせるなんて言うから、変だと思ったんだ」
小さく溜息をついてから、吐季さんは
「俺は相手の動きを
「対策を打ちます。その場所の守備の枚数を増やすか、信頼出来る選手をコンバートするか」
「だろうな。そんなことは誰の目にも自明だ。ということは、その瞬間から敵の動きを予測出来るということだ。予測し得るパターンに対して準備を整えていれば、迷う必要がない。味方の動きが決まることで連動も容易になる。盤面さえ整理出来れば、あとは身体能力の問題だ。サッカー部でなくとも運動神経の良い奴はいるからな。十分に勝負は挑める」
吐季さんは淡々と語ったが、実際はそんなに簡単な話ではなかったはずである。しかし、吐季さんはそれを実行に移し、実際に成功させて見せた。
「対戦相手の弱点を毎回見つけられるわけじゃないですよね。球技大会じゃ、十分に敵を視察する時間があったとも思えません。相手に弱点がなかったら、どうするんですか?」
「それは偕成の話か? インターハイ予選を観ただけだが、確かに目立つような弱点はなかったかもしれないな。だが、そんなものは
「……思考を誘導することが、最大の目的ということでしょうか?」
「最大じゃない。唯一の目的だ。イニシアチブさえ握ってしまえば、事象は手の平の上で転がる。能力のない奴に達成し得ない理想を要求しても意味がない。物事を複雑にするのは愚者の悪い癖だ。
吐季さんの言葉は冷たいが、要するにチームメイトの実力を見極め、それに見合った作戦を立てたということだろう。彼にはそれが出来る選定眼があった。
相手の動きを限定するために攻撃を仕掛け、意図した戦場に誘導することで主導権を握る。そんな戦術、考えたことすらなかった。今年度の偕成学園を視察したビデオが、手元には何試合分もある。三回戦が始まれば直前のチーム状態も分かるだろう。おぼろげながら見えてきたかもしれない。
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