最終話 誰のものでもない未来を僕たちは(4)


             4


『これだけ注目されている試合だ。今日、結果を出せば、お前とかえでの未来は変わるぞ』

 高校選手権の初戦、せいよう戦のキックオフを前にして、けいろうさんはおりにそう言った。

 あの時はピンときていなかったけれど、今になれば彼の言葉が正しかったと分かる。

 高校選手権では決勝戦の後で、大会の優秀選手が発表される。その日、選ばれた三十六名の内、優勝した青森市条と準優勝の加賀翔督からは、それぞれ六名が選出されており、ベスト4のレッドスワンからも三名が選ばれていた。

 さかきばらかえできりはらおり、そして、おにたけしんすけの三名である。三十六名の優秀選手に選ばれた一年生と二年生はわずかに四人だけだったものの、そのうちの二人が楓と伊織だった。

 世怜奈先生が視聴覚室の使用許可を取り、当日、僕らは全員で一緒に決勝戦を見ている。

 センター試験を五日後に控えたもりこし先輩も現れ、仲間たちを大いに驚かせていた。大切な試験の数日前とはいえ、もしかしたら自分が立っていたかもしれないピッチを、先輩は仲間と共に目に焼きつけたかったのだろう。

 大会のエンドロールと共に優秀選手が発表され……。

づきや圭士朗の方が相応ふさわしいけどな」

 そんな風に言いながらも、鬼武先輩は嬉しそうな顔を見せていた。


 それから三週間後の二月一日、月曜日。

 日本サッカー協会より、『日本高校サッカー選抜』の選考合宿参加メンバーが発表された。

 例年、プロの世界では二月の末に、前シーズンのJリーグ王者と天皇杯王者が激突するFUJIフジ XEROXゼロツクス SUPERスーパー CUPカツプという年度最初の公式戦が開催される。その前座試合として、NEXTネクスト GENERATIONジエネレーシヨン MATCHマツチの名を冠された『高校サッカー選抜』対『アンダー18エイテイーン・Jリーグ選抜』がおこなわれるのも通例となっていた。

 三日間の合宿によって選抜された、高校サッカー部に所属するメンバーが、クラブユースに所属する同年代屈指のエリートたちと激突するのである。

 高校サッカー選抜のメンバーは、選手権の優秀選手を中心としつつ、全国大会への出場を逃した有望選手からも選出される。

 三十六名の優秀選手から二十七名が選ばれ、それ以外にもなみ高校のもちづきづかなど、選手権未出場の選手が九名招集されていた。レッドスワンからは鬼武先輩が落選したものの、伊織と楓は合宿にまで招集される。

 そして、二人は選考合宿を勝ち抜き、NEXT GENERATION MATCHにも二年生ながら先発出場を果たすことになった。高校選抜にはJ2のクラブに加入が内定しているGKゴールキーパーすずそうへいも選ばれている。しかし、監督は一学年下の楓を正GKとして任命し、伊織もまたレギュラーの座を勝ち取っていた。


 NEXT GENERATION MATCHの決戦は、伊織と楓の奮闘により、スコアレスドローに終わる。勝利は逃したものの、鉄壁の守備で二人はエリートたちの勝利を許さなかったのだ。

 世界最多の競技人口を持つサッカーの世界は、結果を出し続ける限り、未来ある若者の前に新しいステージを用意し続ける。

 さくらざわななのせいで有名になった榊原楓は、前年度の選手権王者、インターハイ王者と戦ったにも関わらず、出場時間のすべてを無失点で戦い抜いた。予選からの合計九試合で、楓の失点はかいせい学園に奪われたわずか一点のみである。

 選手権が開幕するまで完全に無名だった桐原伊織も、わずかな期間で広く認知されることになった。楓と同様、その実力を世間に証明して見せたからだ。

 Jリーグ選抜との激闘を終えた伊織と楓の二人は、『国際ユース大会』に出場する高校選抜メンバーにも選ばれ、国内での最終合宿を経た後で、先週、欧州遠征へと旅立って行った。


 高校選手権の真っ只中、宿舎で楓に絶縁を告げられた櫻沢七海は、僕にこう言った。

『彼が今どんな活躍をしているのか、部外者の私には知る術がありません。だから連絡先を交換して、楓君の近況を教えてもらえませんか?』

 押しに負ける形で連絡先を交換してしまったとはいえ、出来ることならこんりんざい、関わり合いになりたくない相手である。大会後、楓には次々ときつぽうが舞い込んでいたけれど、その一切を、僕は櫻沢七海に報告していなかった。

 そして、彼女の存在を忘れかけてさえいた三月。

 伊織と楓が欧州に旅立った二日後の夜に、不意に電話がかかってきた。

 こんなにも出たくない電話というのも珍しい。気付かなかったことにしよう。そう思って無視し続けたのだけれど、十分以上、彼女からのコールは続く。

 ……同世代、随一の人気女優は暇なんだろうか。

 結局、根負けする形で通話に出ると、

『どうして無視するんですか? 楓君の近況を教えてくれるって約束しましたよね』

 開口一番にきつもんされた。

「……お久しぶりです。お元気ですか?」

『私の体調なんてどうでも良いです。ガラスのファンタジスタさんに質問しているんです』

「あのー。とりあえず、その呼び方はやめてもらえませんか。呼び捨てで良いですから」

『では、たかつきさん。これは警告の電話です。あなたが約束を守ってくれないなら、こちらにも考えがあります。楓君が海外遠征に行っていること、私、今日まで知らなかったんですよ。事前に把握出来ていたら、写真集の撮影をねじ込んではちわせを狙えたのに』

「いや、さすがにもう諦めましょうよ。絶対、脈なんて無いですって」

『無ければ作れば良いんです。私、何もないところに自分で石橋を作って渡るタイプですから。高槻さん、本当に約束を守って下さいね。もしもあなたがこれからも私を無視するようなら、次は選手権の時のような大人しい手段は取りませんよ』

 あの時の手段が大人しいって、今度は一体何をするつもりなのだろう。と言うか、そもそも何で楓なんかに執着しているんだろう。

 結局、彼女は通話を切るまで、言いたいことだけを一方的にまくしたてていた。

 ごととはいえ、こんなにもめちゃくちゃな少女に好かれてしまった楓には、同情を禁じ得ない。二人の未来なんて今はまだ想像もつかないけれど、願わくは少しでも人様の迷惑にならない場所へと辿り着いて欲しかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る