第三話 子建八斗の黎明(5)


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 三回戦と四回戦の間に用意されるのは、わずか中一日の休みである。

 怒りを覚えるほどの過密日程だが、日程を批判する暇があるのなら、限られた時間で出来ることをやった方が良い。本日も二回戦と同様、先発メンバーには試合後、手配していた施設で酸素キャビンによる回復を図ってもらった。

 三回戦の指揮を僕に任せ、先生は昨日から準々決勝の準備を進めている。宿舎に戻り、監督とコーチの二人でミーティングをおこなった時点で、大方の作戦方針は固まった。


 帝来戦に向けての全体ミーティングは、夕食後の午後八時からおこなわれる。夜までは次の試合のことを忘れ、リラックスして身体を休ませるよう、全部員に通達がなされていた。

 世怜奈先生とのミーティングを終え、団欒ルームに足を運ぶと、おりけいろうさんが大画面のテレビに映した本日の試合映像を眺めていた。

 今回、僕らは宿舎に幾つかのハードディスクレコーダーを持ち込み、全試合のテレビ中継を録画している。そのデータを無線でこの部屋のテレビに飛ばしているのだ。

「先に見ていたんだね。夜のミーティングでも確認するのに」

 対戦相手の映像を確認するだけが準備ではない。今日の試合で出来たこと、出来なかったことを確認し、修正点を明確にする。良かったプレーを全員で共有することで、根拠のある自信へと変えていく。

 そうやって心理状態を整えていくことも、試合に向けての大切な準備だ。

「どうしても気になっちまってさ。今日はほとんど危ない場面を作らせなかっただろ。何が良かったのか、圭士朗さんと確認していたんだよ」

「答えは見つかった?」

「守備が今までと変わったようには思えない。オフェンスが良かったってことなのかもな」

「攻撃は最大の防御ってこと?」

「うーん。自分たちのスタイルを否定するみたいで、すっきりしないけどな」

 トーナメントで勝つために、攻撃力を犠牲にしてでも守り切れるチームを作る。それが、新生レッドスワンが今日まで貫いてきたスタイルだ。

 伊織の言葉を補足するように圭士朗さんが続ける。

「ずっと俺たちは攻撃と守備を分けて考えてきた。それは自分たちの実力を考えても、現実的なやり方だったように思う。ただ、攻撃と守備を効果的に連動させられれば、もっと成長出来るのかもしれない。今日の試合はそんな未来を予感させるものだった。次年度に向けての収穫だろうな。もっともおにたけ先輩とづき先輩が卒業すれば、チームは根底からの変化をなくされる。来年度の新チームが、現行チームの発展上にあるかは分からない」

「二人はもう来年のことも考えているんだね」

「当然だろ。レッドスワンの主力は俺たち二年なんだから、ピークが訪れるのは来年だ。絶対にそうなってなきゃならない」

 怖いくらいに真剣な眼差しの伊織に見つめられる。

ゆう、俺たちは今年の大会を、貫いてきたやり方で優勝する。世間にどれだけ批難されても、折れずにやり切って頂点に立ってやる。だけど来年は違うぞ。ここから一年あるんだ。お前にも来年の一月のことを考えていて欲しい」

「それはどういう……」

「一度は俺も諦めた。でも、あんなことになっちまったのに左膝は治ったじゃないか。残るは右膝だけだろ? 焦らなくて良い。ゆっくりで良いから確実に治して、一年後にはこの舞台でお前と戦いたい。俺たちで選手権を連覇するんだ」

「俺も、伊織も、この大会では何を言われても構わないと思ってる。今の俺たちの実力は、その程度のものだからな。だが、来年は堂々と頂点を狙いにいきたい。たかつきゆうがいれば、それが出来るはずだ」

 秋口、練習中にトランス状態に陥った僕は、かえでの挑発に乗る形で、思わずボールを全力で蹴ってしまった。一年以上、まともに動かしていなかった右膝は、じんじようではない悲鳴を上げ、再び絶対安静を医師に厳命されている。

 それ以来、に見張られていることもあり、右膝にはを一度もかけていなかった。

「もう一度、一緒にフィールドに立つ……か」

「簡単じゃないことは分かってる。本当に右膝が治るのかも、治った後で昔のように動かせるようになるかも分からないんだ。プレッシャーを感じる必要はない。ただ、そういう未来を願ったって良いんだって、それだけはお前にも分かって欲しかった」

 いつか、圭士朗さんが言っていた。

『せっかくチームメイトになれたのに、俺はまだ一度も、お前と同じピッチに立っていない』

 僕だって親友たちと一緒にサッカーをしたい。そんなこと、改めて問いかけるまでもなく自明なことだ。指揮者としてチームに関わることもまた、サッカーの喜びなのだと世怜奈先生は教えてくれた。プレーだけがすべてじゃない。サッカーには沢山の喜びがあふれている。

 ……だけど、やっぱり僕の中に宿る本質は、プレイヤーとしての精神だ。

 一番の願いが、自分の足でボールを蹴ることにあるのは間違いない。


「話は変わるけど、優雅、華代から六日のことは聞いたか?」

「六日? 夜までオフになるって話?」

 次の試合、四回戦に勝利すれば、九日の準決勝までには三日間の猶予がある。

 準々決勝で負ければ翌日に新潟へと帰ることになるものの、勝利すれば冬休み明けの授業を欠席することになる。

 四日間で三試合を戦った直後である。準決勝の準備をする前に、まずは身体と頭を休めなければならない。四回戦の翌日、六日は夕食までを自由時間にすると先生は決めていた。

「やっぱり聞いてなかったか。俺たちもさっき言われたんだけどな。午後の自由時間を使って、カフェか何処かで話がしたいらしい。お前のクラスの、あの子も一緒に」

「あの子ってさん?」

「ああ。よく分かんないんだけど五人で喋りたいんだって」

 今、僕らの間に存在するベクトルは、三角関係以上の複雑なものだ。

 木曜日から学校が始まるため、真扶由さんは準決勝の前に新潟に戻る。東京にいる間に会いたいということなのかもしれないが、五人で会う意味が分からない。

「……圭士朗さんは良いの?」

「彼女と会えるチャンスをみすみす逃すほど、しろはたを上げたつもりはないよ」

 圭士朗さんのれいな瞳が、僕を見据える。

「まあ、今のは他意のない冗談だが、四回戦で負ければ翌日には帰宅だ。彼女とも会えなくなる。次の試合は負けられなくなったな」

 苦笑いと共に告げた圭士朗さんの本心は、やっぱり今日も見通せなかった。


 五人を集めて、彼女たちは一体何を話すつもりなんだろう。

 煮え切らない僕が責められる。そんな可能性も頭をよぎったが、華代も真扶由さんもそんなことをするようなタイプではない。そもそも、この大切な大会期間中に、いろこいで男子を呼び出したりはしないだろう。

 本当に、彼女たちの意図がまったく分からなかった。


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