最終話 赤白鳥の星冠(4)ー2


 たった一本のシュートで流れを変えられるほどに甘い敵ではない。

 再び美波高校は人数をかけて攻めてきたが、形成したブロックを上手く使い、最終的にはパスミスを誘う形でボールを奪うことに成功した。

 こちらのものになったボールが圭士朗さんに集まり、再び彼が前を見据える。

 先ほど突破を許した敵ボランチが進行方向をふさぎ、連動するようにもう一人のMFミツドフイルダーが横から激しいプレスをかけたものの、圭士朗さんはあっさりと左サイドにボールを送っていた。

 スペースでボールを受けた左SBの葉月先輩は、そのまま前方へとドリブルを開始する。

 れんたっぷりのドリブルで一人をかわすと、さらに前進を続ける。

 美波高校の守備の持ち味は徹底した激しいプレスにある。猛烈な勢いで守備に戻った敵ウイングがショルダーチャージを試み、葉月先輩はボールを摑みながら転倒した。

 即座に再び、フィールドが笛の音で切り裂かれる。

「さて、敵に打つ手はあるのかしら」

 テレビ中継を意識しているのか。葉月先輩は立ち上がると、拾ったボールを人差し指の上で回転させて見せる。まったくもって無駄なアクションだったけれど、どの道すぐにリスタートは出来ない。先輩が何をして時間を潰そうが警告を受けることはないだろう。

 ファウルを受けた位置は先ほどより後ろだったが、ゴールまでの距離など関係ない。今後はどんな位置でファウルを受けようが、すべてを長距離のセットプレーに変えていくからだ。

 美波高校は八十分以内にゲームを決めるため、後半開始からFWを二枚投入してきた。自分たちのボールになる度に、前線に人数をかけて攻め上がってもいる。

 しかし、僕らはそんな彼らの動きを、ファウルの度にすべてキャンセルさせてもらう。最後尾から伊織と鬼武先輩が前線に上がるため、移動だけでも時間を消費するし、レッドスワンが持つセットプレーの破壊力は、たった一度で分かったはずだ。こちらのセットプレーを止めるために、敵はほとんど全員が自陣に戻らざるを得ない。

 敵がスピーディーな戦いを望むなら、僕らは徹底的に邪魔をする。

 敵が前線に多くの人数を割くのなら、力ずくで後方に押し戻してやる。

 彼らのひようじゃない。僕らの土俵に引きずり込んで戦うのだ。


 前半戦、美波高校は僕らに一本もシュートを打たれていない。

 ハーフタイムはほとんどの時間を、オフェンスの再構築に使ったことだろう。

 突如始まった予期せぬ反撃に、彼らは動揺の色を隠せないでいた。

 ハーフタイム、選手を送り出すにあたり世怜奈先生はこう言った。

「後半はしんすけ、葉月、圭士朗さんに、自陣でのドリブル突破を許可します。積極的に仕掛けてファウルをもらっていきましょう。周りの選手は必ずカットに備えて後方のリスクケアに走ること。倒された場合はボールを手で抱え込むこと。その二つを守れば簡単にはピンチに陥らないわ」

 ジャッジをおこなうのは人間である。ピッチを走り回ってプレーを判断する主審が、常に最適な位置から見ているとは限らない。

 だからこそ、倒れた時には極力、ボールを摑む必要がある。そうすれば仮にファウルを取ってもらえなくともハンドになり、プレーを止めることが出来るからだ。


 三度目の長距離セットプレーは、鬼武先輩がもらったファウルから始まった。

 伊織がヘディングで落としたボールを常陸が拾い、斜め四十五度の位置でフリーとなる。

 ゴールマウスと常陸の間をさえぎる者はない。

「突き刺せ! 常陸!」

 ラストパスを送った伊織のげきを受けて、常陸がその右足を振り抜く。

 渾身の力で蹴り込まれたシュートに敵GKは反応出来なかったが、ボールはニアポストを叩いてピッチ外へと逸れてしまった。

 スタジアムに大きな悲鳴と歓声が上がる。

 常陸はここまで公式戦でノーゴールが続いている。祈りを込めたシュートだったが、またしてもボールはゴールマウスから嫌われてしまった。

「何でだよ! どうしていつも!」

 地面に拳を突き立てて悔しがる常陸の背中を、伊織が強く叩いた。

「次に決めれば良い! チャンスなんて幾らでもあるんだ! 守備に戻るぞ!」

 ゲーム開始から既に六十分が経過している。

 今のシーンは両チームすべてのチャンスを合わせても、間違いなく最大の絶好機だった。

 ゲームには流れというものがある。チャンスで決め切れないことで、相手に流れが渡ってしまう場合も少なくない。しかし、今回に限っては逆だった。

 前半の一方的な展開が噓のように、美波高校の前線は停滞していく。

 県ナンバーワンFWの呼び声高いもちづきづかでさえ、その持ち味を発揮出来ていない。彼は尻上がりに調子を上げてくるタイプだが、前線に人数を増やし過ぎたせいで渋滞が起こり、スペースで生きる彼の良さが消されてしまっているのだ。

「ファウルに気をつけろ! ドリブルがあるのは、2番、3番、7番だけだ! パスコースを分断しておけば、恐れるレベルじゃない!」

 ファウルを犯さなければ、セットプレーのピンチも生まれない。手塚は挑発にも聞こえる指示をチームに送ったけれど、すぐに次の展開がやってくる。

 自陣深くに引いていたDFデイフエンスの四人が不意にラインを上げ、オフサイドを取ったのだ。

 オフサイドが発生した場合、最終ラインがあった位置からゲームはリスタートされる。大抵、自陣の深い位置がリスタート地点になるため、ボールはGKゴールキーパーが蹴る場合が多い。ところが今回も葉月先輩がボールをセットする。『セットプレー』に繫げるためだった。

 そして、再び、美波高校の動揺を誘う光景がフィールドに実現する。

 伊織と鬼武先輩に加え、さらにもう一人、前線に歩き始めたプレイヤーがいたのだ。

 フィールドの光景を目の当たりにし、手塚は頰を引きつらせてこちらに視線を向けてくる。

 彼が驚くのも無理はない。ペナルティエリアに入った選手は四人。

 伊織、常陸、リオに加えて、GKのさかきばらかえでまでもが前線に上がっていた。

 負けているゲームの最終盤、セットプレーで上背のあるGKが上がりを見せるのは珍しい話じゃない。カウンターやロングシュートで失点するリスクを負うことになるものの、自分たちがゴールを奪えない限り、どのみち敗戦の運命は変わらないからだ。

 だが、ゲームはまだ十五分以上残っている上に、レッドスワンは負けているわけでもない。無失点で抑えてきた努力も、ここで失点してしまえばすいほうす。奇策中の奇策と呼べる作戦だった。


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