第五話 貴顕紳士の黄昏(1)-3
伊織の問いを受けて、華代と真扶由さんは顔を見合わせる。
「世怜奈先生、大学三年生の時に、黎明館に教育実習に行っているの」
「……確か華代が先生と会ったのも教育実習だったよな?」
「うん。うちの中学に来たのが大学四年生の時で、三年生の時の実習先が高校だったみたい」
「それって今から何年前の話だ?」
「先生は教員四年目だ。大学三年生の時の話なら六年前になる。黎明館が高校選手権に出場していた期間と被っているな。華代たちが言いたかったのはそういうことだろ?」
圭士朗さんの問いを受け、二人が頷く。
「ずっと不思議だったの。出会った時から、サッカー部の顧問をしたいって言っていたのに、先生は大学を卒業してから二年間、別々の高校で講師生活を送っていた。
五月にインターハイ予選で負けた後も、華代は似たような疑問を口にしていた。あの時は世怜奈先生の頭の中が分からないと言っていたが……。
「黎明館に教育実習に行った時、先生は高槻涼雅に何かを感じたんだと思う。それから彼のことを調べて、一緒に暮らしていない息子がいることに気付いた。優雅、大会前に
「確か最初に連絡が入ったのは、二年前の二月だ」
「その月に何があったか分からない?」
僕がその答えに辿り着くより早く……。
「赤羽高校の一般入試だよ。優雅の進路が決まったから、世怜奈先生はここで教師をしようと決めたのかもしれない」
その核心が告げられた時、僕はどんな顔をしていたのだろう。
あまりにも
「もちろん、すべて私たちの憶測だよ。世怜奈先生に確認したわけじゃない。そもそも市条の監督が本当に優雅の父親なのかも分からない」
「……だけど、まあ、有り得ない話でもなさそうだな」
雑誌を手に取り、伊織が
「優雅はどう思うんだ? 世怜奈先生と一番長く一緒にいるのは優雅だろ?」
監督とアシスタントコーチはチームの頭脳だ。確かに先生と誰よりも時間を共有しているのは僕だろう。しかし、それはチームのための時間だ。先生自身のことなんて……。
「そう言えば……」
「どうした? 何か思い当たる
「県予選の決勝の前に、聞いたことがあったんだ。先生にも影響を受けた恩師がいるって」
「
「人生に迷っていた時に、ありのままで大丈夫だよって、背中を押されたみたいなことを言っていた。その時に、こうも言っていた」
『その人もね、高校生にサッカーを教えていたの。だから、いつか何処かの舞台で戦うことが、私の夢の一つ。もちろん、その時は圧勝して、成長した姿を見せつけるつもりだけどね』
世怜奈先生と出会えたことで、僕の人生は大きく変わった。
だから、先生を育ててくれた誰かは、きっと、僕にとっても恩人なのだと思っていた。
けれど、もしもそれが僕を捨てた父親だったとしたら……。
「市条と決勝で戦うことになったら、世怜奈先生の夢は早くも叶うってことなのか」
「全部、推測だけどな。ない話でもなさそうだ」
僕には心配し続けていることが一つある。
たった一年で世怜奈先生は有名監督になってしまった。その容姿の
華代と真扶由さんの推測が的中しており、なおかつ決勝戦で先生の夢が実現したとしたら、高校サッカー界でやりたかったことは、もうなくなってしまうんじゃないだろうか。
大会後に何処かのプロクラブから声がかかったとしたら……。
金曜日から冬休み明けの授業が始まる。土曜日の準決勝を戦うサッカー部は、公休扱いで東京に残るが、吹奏楽部の練習もある真扶由さんは、今日の夜には新潟に戻るという。
「会場にいられないのが残念だけど、私、テレビの前で正座をしながら見ていると思うな」
冗談めかしながら告げた後で、
「圭士朗さん。伊織君。準決勝、頑張ってね。応援してる」
真扶由さんは曇りのない笑みを浮かべて、二人にそう告げた。
フィールドは僕らが命を賭けて戦う戦場だ。誰一人、見ていないとしても、全力を尽くすに決まっている。けれど、大切な人から届けられた温かな言葉は、確実に心を鼓舞する。
「今年の最強チームは翔督だ。これまでの試合を研究されているだろうから、初戦でやったような不意打ちも通用しない。手も足も出せずに力負けする可能性もあると思う」
圭士朗さんは現状認識を正確に伝えた上で、
「それでも、絶対に失望させるような戦いはしない。どんな状況に追い込まれても、必ず
真扶由さんの目を見つめて、そう言い切っていた。
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