第五話 貴顕紳士の黄昏(1)-2


 付箋が貼られていたページが開かれる。そのページで紹介されていたのは、レッドスワンでも土曜日に激突するしようとくでもなかった。

 視界に飛び込んできたのは、今日この日まで、ほとんど意識をしたこともなかったチーム。高校選手権初出場の公立高校、あおもりいちじようだった。

 青森など一部の県予選では、超強豪校に対してスーパーシードが与えられている。超強豪の場合、主力に年代別日本代表を抱えている場合も多く、そういった選手が予選期間中に遠征でチームを離れることを考慮されているらしい。

 青森県には十五年以上連続で高校選手権に出場している常連校が存在しており、彼らは今年もスーパーシードとして県予選に参加していた。そんなチームを相手に、決勝戦でジャイアントキリングを演じた市条は、大会前から高校サッカーファンに大きな衝撃を与えていた。

 現在、彼らは初出場ながらベスト4にまで勝ち残っている。トーナメントの反対側にいるチームなので警戒はしていなかったけれど、彼らはレッドスワンと並ぶ今大会の台風の目になっていた。

 そんな市条の特集ページに写る一人の男を、真扶由さんが指差す。

 写真の人物、市条の監督は、まだ三十代くらいにしか見えないやさおとこだった。そして、その男の下に印字されていた名前は……。

たかつきりよう? これって……」

 市条の監督の名前を読み上げ、伊織が僕を見つめる。

「……昔、おちゃんに聞いた父親の名前と同じだと思う」

「やっぱりそうだったんだね。名字が同じで、名前の字面も近いから、もしかしたらって思っていたの。はかなげな雰囲気も何処か優雅君と似ていたし……」

「これを伝えるために、俺たちを呼び出したってことか。確かにその判断は間違っていなかったかもな。俺たちと市条が共に準決勝に勝てば、相手を研究する過程で誰かが辿り着いたかもしれない。敵の指揮官の話なんて隠せる話題でもない。直前に分かって動揺するよりも良かったと思う。それに、分かっていりゃ優雅に選べることもあるだろうからな」

 そんな風に言いながら、伊織は僕の肩に手を置いた。

「会ったこともない父親かもしれない男が、突然、目の前に現れたら、まあ、そんな顔にもなるよな。お前がどんな想いを抱いたとしても、俺は理解したい。どんな選択をするにしてもそばにいてやるよ。心配すんな。俺も、ここにいる皆も、世怜奈先生も、全員がお前の味方だ」

 自分の中にある感情が、よく分からなかった。

 ただ、少なくとも父のことを知れて嬉しいという感情が沸き上がったわけではないことだけは確かだ。それよりも『どうして』という感情の方が強い。何がしやくぜんとしないのか自分でも分からないのに、とにかく『どうして』という疑問符が頭の中から離れなかった。

「……今の伊織の話、もしかしたら少し間違っているかもしれない」

 今度は華代が、別の雑誌をバッグから取り出す。

「真扶由がこの監督の存在に気付いてから、私も調べてみたの。穿せんさくするような真似は優雅に悪いと思ったんだけど、何も知らないままで、こんな話は伝えられないって思ったから」

「調べたって監督のことをか?」

 華代がテーブルの上に置いたのは、二年前の高校選手権を特集した雑誌だった。

 付箋が貼られたページが開かれ、再び高槻涼雅の顔が飛び込んでくる。

「国立で大会がおこなわれた最後の年、彼は初出場だった秋田のチームを率いて、ベスト8まで勝ち上がっている。それだけじゃないの。高槻涼雅は七年前に三年連続で高校選手権に出場した東京代表、れいめいかんでもコーチをしていた。どちらのチームもごく普通の設備しか持たない高校で、全国大会は初出場だった。黎明館は顧問が名目上の監督になっていて、コーチだった彼が事実上の監督としてチームを率いていたみたい」

「じゃあ、この人はこれが五回目の選手権出場ってことか? それも全部、無名校で」

「私たちは高槻涼雅という人間の経歴を本気になって調べたから、黎明館でのコーチ時代にも辿り着くことが出来た。でも、それも、ほとんど偶然知り得たことだったんだよね。幾つかインタビューを読んだけど、彼は黎明館時代のことを話していないから、マスコミは気付いていないと思う。優雅との関係も分かるはずがないとは思うんだけど……」

「まだ、ほかに気になることがあるのか?」


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