第一話 天泣の恋心(2)-2


 裏路地を進んだところに、小さなジュエリーショップがあった。

 立ち入るだけで勇気が必要な空間だったけれど、女子の華代がいてくれれば、されずに足を踏み入れることが出来る。

せんさいれいな物が好き」

 それが、真扶由さんの好みを聞かれた時に、華代が述べた答えだった。大和やまと撫子なでしこ的な真扶由さんの印象とも相違ない。

 店内に並ぶイヤリングやネックレスは、どれも繊細な物ばかりで、ごてごてとした迫力は感じない。真扶由さんが好きな色は、圭士朗さんが把握している。最終的に選ばれたプレゼントは、美しい小細工がほどこされたスワロフスキーのブレスレットだった。

 吹奏楽部が演奏時にアクセサリーを身に着けて良いのかは分からない。真扶由さんがそういった物を身に着けることに対して、どう考えているのかも分からない。それでも、プレゼントとしては背伸びをし過ぎているわけでもなく、適切な頃合いの品だという気がした。


 本日は夕方四時に、宿泊施設のロビーへ集合することになっている。

 集合時刻の一時間ほど前に戻ると、ちよう、世怜奈先生から県境近辺で三馬鹿トリオをかくしたとの連絡が入ったところだった。海に辿たどけず、ちよすいで暴れていたところを捕まったらしい。

 借りていた自転車を返すため、三人は軽井沢まで戻って来なければならない。マイクロバスで三人を探しに出掛けるという先生の選択は正しかったようだ。

 世怜奈先生たちの帰還を待つため、結局、新潟への出発は一時間遅れることになった。


 市営住宅に一人きりで暮らす僕には、お土産を渡す相手がいない。

 旧軽井沢に出向いた散策でも、自分の物は何も購入していなかった。

 皆より簡素な三泊四日分の荷物をまとめてロビーに出向くと、先に華代が待っていた。マネージャーとしての責任感がそうさせるのか、華代はこういう場面で、大抵、誰よりも早く行動する。

「今日は付き合ってくれてありがとう」

「別に。私もやることなんてなかったもの」

 それは、実に華代らしい返答だったけれど。

「プレゼント選びを手伝ってくれたこと、感謝してる。これ、今日のお礼」

 立ち寄った店で購入していた紙袋を彼女に手渡す。

「開けてみて」

 げんまなしで紙袋を受け取った華代にうながす。

「よく転んで膝をいているでしょ。それ、りんの香りがするらしいよ」

 僕が買ったのは匂いつきのばんそうこうだった。付き合ってくれた華代にお礼がしたくて、色々と考えながら一日を過ごし、ようやく見つけたプレゼントだった。

「良かったら、使ってみて」

「……ありがと」

 僕にお礼を渡されるなんて思ってもみなかったのだろう。戸惑いの表情を隠せないまま、華代は取り出した絆創膏の箱を見つめていた。

「本当は使用機会なんてない方が良いんだけどね」

 僕の声が聞こえているのか、いないのか。華代はあいまいうなずくだけだった。

 ロビーへの集合時間には、まだ間がある。ソファーに腰を下ろすと華代も対面に座った。

「……ねえ、優雅。圭士朗さん、本気で真扶由に告白するつもりなのかな」

「そうじゃなかったらアクセサリーなんてプレゼントに選ばないと思うよ。ジャムでも、お菓子でも、お土産になりそうな物は幾らでもあったじゃないか」

 圭士朗さんの想いを知っているのは僕らだけだ。ロビーにはまだ誰の姿もなかったが、他人に聞こえては困る。小声で答えた。

「……そっか。それは、そうだよね」

 含みを持たせた彼女の言葉に首をかしげる。

「何か問題でもあるの? もしかして真扶由さんには恋人がいるとか?」

「そんな話は聞いたことがないけど」

 じゃあ、何だというのだろう。

「華代、今日、楽しそうだったよね。伊織と打ち解けてきたんじゃない?」

 本日、僕は親友の想いをおもんぱかって、極力、圭士朗さんの隣にいるようにしていた。結果的に伊織と華代は多くの時間を並んで過ごしている。それなりに会話もはずんでいたようだし、何だかんだで華代も楽しそうに過ごしていたように思う。

「別に。前からこんなものだよ」

 相変わらず華代は表情もよくようとぼしく、その心の内は分からなかった。

 一体、彼女は何を言いたかったんだろう。

 他の部員たちがやって来たため、結局、曖昧なまま会話は終わってしまったのだけれど、その日の華代の言葉の意味を、僕はすぐに知ることになった。


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