レッドスワンの奏鳴 赤羽高校サッカー部

プロローグ

プロローグ(1)


 すうこうなるものは、いつだってりんとして胸を張っている。

 今、日本で一番熱い冬が始まろうとしていた。


 十一月三十日、月曜日。

 お昼休み、昼食を食べてから部室へ出向くと、既にほとんどの部員が集合していた。

 サッカー部、唯一のマネージャーであるくすが、テレビの前でハードディスクレコーダーを設定している。姿が見えないのはキャプテンのきりはらおりくらいだろう。

 室内が妙にけむたいと思ったら、隅の方でかえでだか、リオの三馬鹿トリオが、たこ焼きを作り始めていた。まさか、あれがあいつらの昼飯なのだろうか。

「あ、ゆう。視聴覚室に行かなかったの?」

 僕に目をめて華代が立ち上がる。

先生、優雅にも来て欲しいって言ってたのに」

「僕がアシスタントコーチを務めていることは、世間には秘密だろ。キャプテンはともかく、僕が記者会見に同席する理由がないよ」

「対外的にはエースでしょ。優雅がいないって知ったら、マスコミはがっかりすると思うな」

「むしろ、だから嫌なんだよ。何を質問されても、どうせうそをつくことになる」


 私立あかばね高等学校サッカー部、通称『レッドスワン』は、九度の全国大会出場経験を持つごうである。

 しかし、数ヵ月前まで、そんな輝かしい経歴は文字通り、過去の栄光でしかなかった。

 翼を奪われた赤白鳥。ちた名門。それが偽りない真実の姿だったからだ。

 ところが昨秋、三十二年振りに監督が交代し、レッドスワンを取り巻く環境は激変する。

 新監督に就任したのは、新卒三年目の若い国語教師、まいばら

 新潟で暮らす者ならば知らない者はないきゆうに出自を持ち、誰もが振り向くたんれいな容姿を持っているにも関わらず、時間と情熱のすべてをサッカーにそそぐ、じんしんしゆうらんけたかつばつの教師だった。


 春、インターハイ予選。

 古豪を指揮する若き女性監督として、世怜奈先生が地方紙に紹介され、その容姿がSNSで話題になったことで、レッドスワンには再び世間からの注目が集まり始める。

 そして、訪れた運命の高校選手権予選。

 名門、かいせい学園との死闘をて、決勝戦にて県絶対王者のなみ高校を破ったレッドスワンは、二十二年振りに全国大会への出場切符を勝ち取った。

 ついに高校サッカー界最大の祭典へと羽ばたくことになったのである。


 春からSNSで話題になっていた、あの舞原世怜奈が全国の舞台に登場する。

 選手権出場を決めた時点で大きな注目が集まっていたわけだが、その後のさらなる事件を経て、レッドスワンはあっという間に、出場四十八校の中で最も有名な高校になってしまった。

 冬の高校選手権では例年、大会にはなを添えるための『応援マネージャー』が選出される。

 今年度、選ばれたのは、今やCMで見ない日はないとまで言われるさくらざわななだった。僕らと同じ十七歳にして、CM出演本数が十をえるという彼女は、映画やドラマ、モデル業で幅広く活躍するしんしんえいの若手女優である。

 応援マネージャーの務めは、イメージガールとして大会を盛り上げていくことだ。そのため、組み合わせ抽選会を前に放送された特別番組にも彼女は出演していた。

 事件はその特番で起こる。

 小学生時代を新潟市で過ごしたという櫻沢七海は、レッドスワンの守護神、さかきばらかえでおさなじみだったらしく、生放送中に彼への愛を叫んだのだ。

 人気絶頂の女優による生放送での求愛である。その衝撃度はすさまじく、一夜にして楓は誰よりも有名な出場選手となり、同時に多くの敵を作ることになってしまった。

 櫻沢七海はバラエティ番組に出演しない女優であり、SNSも開設していないため、スキャンダル以後、彼女の言葉は一切、世間に発せられなかった。

 それが故に、無責任な好奇心を満たそうと願う人々は、より一層の注目を楓とレッドスワンに向けてくる。


 そして、レッドスワンを取り巻くけんそうには、さらなる続きが添えられる。

 組み合わせ抽選の結果、レッドスワンは二年連続で高校選手権を制している王者、鹿しませいようと対戦することになってしまったのだ。

 青陽には昨年度、二年生のGKゴールキーパーでありながら、大会最優秀選手に選ばれたすずそうへいがいる。チームの監督は彼の父親でもあるすずたつひろだ。

 鈴羅木槍平は二年前、一年生ながら強豪校で正GKの地位を確立すると、全国大会の決勝戦までゴールマウスを守り続け、チームに悲願の選手権初優勝をもたらした。

 幼い頃から息子を指導し続けた父と、その父に栄光をもたらした孝行息子。おやだかの物語はマスコミに大きく取り上げられ、鈴羅木槍平は高校サッカー界のニューヒーローになった。

 青陽は主役として選手権に登場した昨年も、堂々たる戦いぶりで大会連覇を成し遂げている。言わずと知れた大会ナンバーワンの人気校だ。

 八月のインターハイでは決勝で涙をのんだものの、彼らの復権と、戦後初となるの三連覇を願う高校サッカーファンは多い。

 世怜奈先生と楓の存在により、いちやく、有名校に躍り出たレッドスワンと、実績、実力、物語、さんびようそろった人気校の鹿児島青陽。

 いきなり実現してしまった最高のカードに、世間は一種異様な盛り上がりを見せていた。


 櫻沢七海の求愛相手を確認しようと、グラウンドには連日、報道陣が詰めかけている。

 組み合わせ抽選会の翌日より、数え切れないほどの取材申し込みが入っているとも聞く。

 一ヵ月後には高校選手権が開幕するのに、こんな状態では万全の準備が出来ない。

 予選以後、世怜奈先生はあらゆる取材を断っていたが、とうとう狂熱をぎよし切れなくなり、本日、十一月三十日に記者会見を開くことで、この状況に歯止めをかけることを決めた。

 記者会見はお昼休みに、視聴覚室においておこなわれる。

 昨晩、世怜奈先生はキャプテンの伊織と、年代別日本代表への招集歴を持つ名目上のエースである僕に、会見への同席を求めてきた。

 責任感の強い伊織は素直にうなずいていたものの、僕が同席する理由などマスコミへのお以外には考えられない。世怜奈先生はマスコミを利用した情報戦が得意だし、時に非常識とも思えるアイデアを実行に移すこともある。何だか嫌な予感がしたので、お昼休みが始まると同時に身を隠し、会見の場へは出向かなかった。


 世怜奈先生が臨む記者会見は、全国放送のお昼のワイドショーで生中継されていた。

 学校には百人近い報道陣が集まっている。

 これが今のレッドスワンに集まる注目度の高さということなのだろう。

 つい先日まで、サッカー部は理事会により目のかたきにされていた。二週間前の決勝戦で敗退していれば、今年度での廃部も決まっていたはずだ。

 しかし、選手権予選での優勝により、理事会の態度は百八十度変わった。この少子化の時代、知名度の上昇には値千金の価値がある。世怜奈先生が記者会見を希望すると、一も二もなく段取りが組まれたらしい。

 大人の世界というのは本当に都合が良いものだった。


 会見の席にパンツスーツ姿の世怜奈先生と、チームジャージを着た伊織が登場する。

 世怜奈先生は百七十センチ近い長身だが、百九十二センチの高さを誇る超大型CBセンターバツクの伊織と並べば、そのスタイルの良さもほとんど目立たない。

 まぶしいばかりのフラッシュがたかれた後で、記者会見が始まることになった。


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