第二話 常初花の一撃(4)ー6
その時、ほとんど悲鳴にも似た地響きが会場中を包んだ。
天馬への指示に夢中になっていたせいで、僕はフィールドから目を離していた。
事態に混乱する僕の横をすり抜けて、仲間たちが次々にベンチを飛び出していく。
いつも冷静な華代までもが両手を握り締めて、飛び跳ねていた。
「え、何? 何が起きたわけ?」
「いや、私も見てなかったんだけど」
どうやら話に夢中でフィールドに目が向いていなかったのは、世怜奈先生と天馬も同様だったらしい。しかし、過程は分からないまでも、結末は悟ることが出来る。
青陽のゴールの中にボールが収まっていた。
セットプレーから誰かがシュートを突き刺したのだ。
「華代! もしかしてゴールを決めたのって」
呼ばれた勢いで、華代はそのまま世怜奈先生に抱きつく。
「先生! やったよ! ついに常陸がゴールを決めたんだよ!」
フィールドに倒れながら拳を突き上げていたのは
不動のワントップに君臨し、ほとんど全試合に先発してきたのに、未だに公式戦で得点をあげられていなかった常陸が、ついにゴールを決めたのだ。
僕や華代は、クラスメイトの常陸が、これまでどれだけ苦しんできたのかを知っている。
常陸の仕事は前線で身体を張ることだ。ポストプレーの起点になることが、求められている一番の仕事であるとはいえ、FWとしてのプライドだってあったはずである。
今日まで常陸は、点を取れず、チームに迷惑をかけていることに長く苦しんできた。
その常陸がこの大舞台で、それも高校ナンバーワンGKの呼び声が高い鈴羅木槍平からゴールを奪ったのだ。チームを包む歓喜は最高潮を迎えていた。
ようやく仲間たちから解放されると、常陸はベンチまで走ってやって来る。
「優雅! やったぞ! やっとゴールを決められた! お前の昨日のアドバイスのお陰だ!」
どうしよう。昨日も色々と言ったから、何のアドバイスがきいたのか分からない……。
「先生! 俺、やっと恩返しが出来ました!」
「常陸! 作戦通りの最高のゴールだったわ! でも、油断しちゃ駄目! まだアディショナルタイムが残っている。君の今日の仕事は最後までゲームを殺すことよ!」
「分かってます! 任せて下さい!」
「皆! まだ、勝ったわけじゃないわ! 最後まで集中しなさい!」
時間を稼ぐために、再び選手交代が先送りにされ、ゲームが再開すると、
「……先生ってさ、時々、えげつない噓をつくよな」
天馬が呆れたように告げた。
「あの場面でゴールを見ていなかったとか言えないでしょ」
「まあ、言えないわな。言っても意味ねえし」
「監督インタビューで、ゴールシーンについて聞かれたらどうしよう」
「心にもない適当なことを言って誤魔化すのは得意だろ? どうせ、今日の勝ち方じゃ祝福なんてされないだろうし、あんたの腕の見せどころじゃないのか?」
散々、軽口を叩いた後で、天馬が最後の交代選手としてピッチに入ることになった。
既にアディショナルタイムは二分経過している。
スーパーセーブの後で生まれたまさかの失点に、青陽イレブンは完全に混乱している。あんな雑なパス交換で、ポゼッションサッカーが成立するはずもない。
結局、どちらもそれ以上の見せ場を作ることが出来ないまま、アディショナルタイムの四分が経過し、試合終了のホイッスルが鳴り響く。
高校選手権、二回戦。
鹿児島青陽との一戦は、一対〇で赤羽高校の勝利に終わる。
それは、優勝候補でもある大会屈指の人気校が、初戦でいきなり姿を消した瞬間だった。
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