第二話 常初花の一撃(4)ー5


 しかし、さすがに王者と言うべきだろうか。

 完璧に背後を取ったはずなのに、レッドスワン最速の穂高が、追いかける敵のSBに迫られていた。穂高の前に敵はいない。けれど、中央への進入を試みれば、その前に潰されてしまうかもしれない。青陽は中央に数的不利の状況を作られている。カード覚悟で穂高を止めにくるはずだ。

「穂高! 追いつかれるぞ!」

 背後からの鬼武先輩の声を受けて、穂高はドリブルの歩幅を変える。

 中央に切り込む暇はない。それを悟った穂高は、すぐにクロスを上げることにしたのだ。

 穂高の利き足から、山なりのクロスが中央に届けられる。

 低い弾道ではないせいで、ニアに入った敵のCBはそれをクリア出来ない。

 クロスの落下地点に走り込んだのは、最後にペナルティエリアへ進入した伊織だった。

 ヘディングでシュートにいくにはゴールまで距離がある。何よりGKはあの鈴羅木槍平だ。

 コースを狙うのが難しいヘディングでゴールを割れるかは分からない。伊織が選択したのはシュートではなく、中央にボールを折り返すことだった。

 選択肢は二つ。伊織が選んだパスの相手は、常陸ではなく、チーム内の得点王、リオだった。

 柔らかいボールがリオの足元に届き、それをトラップした瞬間を狙って、自陣に戻っていた最後のDFが足を伸ばす。だが、彼のブロックは届かなかった。リオはその圧倒的な足の長さを利用してボールをキープすると、敵の勢いを利用し、身体を反転させて入れ替える。

 最後のDFをかわしたリオがゴールを見据える。しかし、リオがシュートモーションに入るより早く、その眼前にGKの鈴羅木が突っ込んで来ていた。

 リオがCBをかわしにかかると読み、反転する方へと走り込んでいたのだ。

 とはいえ、ボールはリオの足元にある。強いシュートは打てなくとも、ゴール方向に蹴り出すことは出来る。ペナルティエリアにはもう一人、フリーの状態で常陸も待っている。

 その一瞬、リオの脳裏に浮かんだ選択肢は、決して一つではなかったはずだ。

 そして、最終的にリオが選んだのは……。

 ノーステップで強いシュートを打とうと思ったなら、爪先で蹴るトゥーキックしかない。

 ボールの中心を捉えない限り、コースを狙うことは難しく、何処へ飛ぶかは蹴った本人にも分かりにくいシュートだが、自分で決めるという選択を下したのであれば、リオが選んだキックは最善のものだろう。ボールが何処に飛ぼうが、鈴羅木の脇さえ抜けばゴールだからだ。

 目の前に迫る鈴羅木にボールを奪われるより早く、リオは身体を斜めにすると、腕の力と足の力だけで、トゥーキックを放つ。

 そして、次の瞬間。

 リオの右足から放たれた強烈な無回転シュートは、身体をめいっぱいに伸ばした鈴羅木槍平の指先に触れ、ゴールの後ろへと飛んでいってしまった。

 一瞬のせいじやくを挟んで、物凄い歓声が会場中を包み込む。

 駆け寄ってくる仲間たちの中心で拳を突き上げ、鈴羅木槍平がえる。

 レッドスワンの突然の攻勢に、青陽は絶体絶命のピンチを迎えたものの、最後に立ちはだかったのは、やはりこの男だった。

 二大会連続でチームを優勝に導いた守護神。大会三連覇を親子鷹で目指す鈴羅木槍平のスーパーセーブで、青陽は番狂わせを許さなかった。


 このままPK戦で青陽が勝利すれば、夜のスポーツニュースは、このビッグセーブで埋め尽くされることだろう。

 鈴羅木は主役に相応ふさわしい活躍でチームを救って見せたのだ。

「多分、インターハイ予選のVTRを確認されていたわね」

 スタジアムが鈴羅木コールで沸く中、世怜奈先生がにがにがしげに呟く。

 五月に戦ったインターハイ予選、準決勝。

 あの試合で僕らは、守りに守った前半のアディショナルタイムにカウンターを仕掛け、圭士朗さんの目が覚めるようなミドルシュートで先制点を奪っている。攻め気なしと油断させてから、きゆうねこむ一撃をお見舞いしたのだ。

 世怜奈先生がSNSで注目を浴びたことで、あの試合にもテレビ中継が入っていた。彼らはその時の試合VTRを確認していたのだろう。

「向こうも準備は万全だったってことか」

 青陽ベンチを見ると、監督の鈴羅木達弘が得意げな顔でこちらを見つめていた。

「向こうのCBとSBは、カウンターへの準備が出来ていたみたいでしたね」

「穂高が中央に切り込めていれば、折り返しの一撃で仕留められていた。それが難しかったから、早めにクロスを上げたわけだけど、ニアは潰されていたし、高さでは勝てないと見て、折り返し先にはCBがステイさせられていた。準備していなければ出来る守り方じゃないわ」

 残り時間は三分である。

 鈴羅木槍平のビッグセーブにより、準備してきた一撃は失敗に終わったものの、コーナーキックのチャンスになっている。これまで通り時間を使うのか、リスクを冒してでもセットプレーで勝負をするのか。指示を求めてきたイレブンに対し、先生は迷いなく勝負するむねを告げる。

 奇襲攻撃に失敗した以上、セットプレーのチャンスを無駄にする意味もない。

「天馬! 戻って来なさい!」

 選手交代はゲームの状況に応じて、取りやめることが出来る。

 作戦が失敗したことを踏まえ、呼び戻された天馬は、物凄く不満そうな顔を見せていた。

「何で交代を取り消すんだよ。時間ないじゃん。俺の力が必要だろ?」

 世怜奈先生はいらちを隠さない天馬の肩に腕をかけ、彼の身体を引き寄せる。

「次にボールが切れたタイミングで出てもらうわ。私だってPK戦は嫌だもの。天馬、今日はフィールドに出たら自陣に戻らなくて良い。常に敵の最終ラインより後ろにいなさい」

「そんなことをしたらオフサイドでパスがもらえないじゃん」

 世怜奈先生の説明が理解出来ていない天馬に、作戦ボードを見せながら補足する。

「青陽は病的にボールをポゼッションしたがるチームだ。ゴールキックでもほとんどロングボールを蹴ってこないだろ。天馬にはDFを後ろから追いかけて欲しいんだよ」

「優雅の言う通りよ。青陽は理想的な形が出来るまで、何度でもボールを戻してやり直してくる。残り時間をあいつらだけに使わせるわけにはいかない。だから、まずはリズムを崩したいの。チームの最後尾に位置するDFは、後ろからボールを追われることに慣れていない。フレッシュな天馬に追い回されたら、必ず焦って前に蹴り出すことになる」

「なるほど。つまり敵にロングボールを蹴らせろってことか」

「そういうこと。こっちがボールを奪ったら次は……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る