第三話 子建八斗の黎明

第三話 子建八斗の黎明(1)ー1


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『逆に聞きますが、それは質問しなければ分からないことでしょうか?』

 試合終了後の監督インタビュー。

 采配の意図を問われた先生は、一言目から笑顔で挑発的な言葉を口にした。

『チャンピオンを倒すにはPK戦に持ち込むしかない。そう考えての采配だと思いますが、高校生に最初から時間稼ぎをさせるのは……』

『勝てると確信している相手に対し、PK戦を狙う理由が分かりません。五分もあればせいようからは得点を奪える。そう考えていただけです。実際には三分で片がついてしまいましたが』

『それはべんではないですか? あかばね高校の方が強いと言うのであれば、どうして最初から真面目に戦わなかったのか説明して下さい』

『私たちは優勝を目指しています。そのためには、この過密日程の中で五試合を戦わなければならない。ご存じのように三回戦は明日おこなわれます。レッドスワンの主力は半分以上が十七歳で、身体もろくに出来ていません。たった二十二時間で疲労が回復するなんて有り得ない。主力を入れ替えても戦力が落ちないチームは、最初から全力で戦えば良いでしょう。ですがレッドスワンにはそれだけの選手層がありません。では、どうすれば良いと思いますか?』

 インタビュアーを皮肉るように、世怜奈先生は自らのこめかみを指でトントンと叩く。

『決勝までの道のりを計算して、しようエネで倒せる相手には、そういう戦い方を選べば良い。それが知性的な戦いというものです。今日はエースのたかつきゆうを温存することも出来ました。私たちにとっては想定通りのゲーム展開だったということです。それでは、明日の準備をしなければならないので失礼します』


 本日の戦い方では、会場を敵に回す可能性が高かった。ブーイングやから得られるものなどない。ゲームが終わったらすぐに控室へと下がるよう、世怜奈先生に指示されていた。

 PK戦に至ることなく勝利を手にしたことで、試合後にブーイングを浴びるということはなかったものの、レッドスワンの面々は全員が早々にドレッシングルームへと戻っている。

 いつものようにがタブレットの画面にテレビ中継を映しており……。

「相変わらず言いたい放題だったな」

 監督インタビューが終わった後で、おりが呟く。

「全国放送だってのに、本気で自分の評判になんて興味がないんだろ」

「そういう人だから、マスコミのことも逆に利用してやろうなんて考え方になるんだろうね」

「どういう育ち方をすると、ああいう大人が出来上がるんだろう。親の顔が見てみたいぜ」

「親のことは分からないけど、前に大学生の弟がいるって言ってたよ」

「へー。あの人、お姉ちゃんなのか。ちょっと意外だな」

 選手権の開催中、夜には地上波で特番が放映される。ロッカールームに取材クルーが入り、敗戦の後で選手が流す涙や、監督の最後の言葉が、ドキュメンタリー形式で流されるのだ。

 女性監督が率いる強豪校は異例中の異例である。かえでが注目されていることもあり、テレビ局はレッドスワンの舞台裏を撮影したがっていたが、先生はあらゆる取材を拒否していた。

 試合前も、試合後も、部外者はロッカールームにれない。大会期間中は選手へのインタビューも、オフィシャルなもの以外は一切認めない。開会式の前から明確な方針を定めており、大会関係者からどれだけ熱心な打診を受けても取り合おうとはしなかった。

 先生の決定により、僕らは必要のないわずらわしさから解放されている。

 異様な空気の中で八十分という死闘を戦い抜いた直後である。明日の三回戦に備え、選手には一秒でも長くリラックスして休息してもらいたい。世怜奈先生の判断は、いつだって目の前の試合に勝利するための最善手だった。

 両校の監督インタビューが終わると、画面が解説席へと切り替わった。

 テレビ放送は二時間枠で取られている。八十分で決着がついたため、放送時間にはまだ余裕があるようだった。実況と解説に挟まれて座るさくらざわななが画面に映る。

『彼女は今までに見たことがないタイプの監督で、何と言って良いのか困るんだけれども』

 苦笑いと共に解説者が隣を向く。

『高校サッカーファンにとってはともかく、櫻沢ちゃんにとっては嬉しい結果だったかな?』

『サッカーファンにとってはともかくとは、どういう意味ですか?』

『青陽が二回戦で消えてしまうのは残念でしょ。すず君をもっと見ていたかったって人は多いと思うよ。それに、やっぱり僕は、あの戦い方は認められない。どのチームも条件は一緒なんだから、過密日程は言い訳にならないよ。もっと正々堂々と戦って欲しかった』

おつしやっている意味が分からないです』

 無表情のまま櫻沢七海は告げる。

『先ほど表示されたスタッツのファウル数は、青陽の方が圧倒的に多かったですよ。イエローカードも赤羽高校は〇枚なのに、青陽には三枚出ています。反則を多く犯したチームを、正々堂々、戦ったと評価するのは無理があると思います』

 データを論拠に反論されるとは思っていなかったのだろう。解説者は言葉に詰まる。

『残りの時間で一つ、お知らせをさせて下さい。以前、私は特番でさかきばらかえで君の大会出場を知り、取り乱した姿を見せてしまいました。しらを切り通すのは不誠実でしょうから、その後の私たちのことを報告します。今日のレッドスワンには絶対に勝たなくてはならない理由がありました。それは、私と楓君がこんな約束をしていたからです』

 神妙な顔で告げてから、彼女はポケットから取り出したICレコーダーをカメラに向ける。


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