第四話 氷面鏡の雪洞(2)
2
レッドスワンには各学年に問題児が点在しているが、彼らは良い意味でも悪い意味でも想像力が足りないので、大舞台にも
四人目のキッカー、リオ・ハーバートはボールをセットすると、不敵な笑みを浮かべた。
「
呪文のような言葉を、
アニメか何かの台詞だろうか。
敵GKの動揺など意にも介さず、リオは短い助走からシュートを蹴り込む。
そして、GKの逆をついたシュートが、ゴール右隅に決まり……。
「
三回戦に続き、必殺の決め台詞がフィールドに轟く。
あのアホは、この大舞台で何を叫んでいるんだろう。世怜奈先生はにやにや笑っているけれど、決め台詞の質はどんどん酷くなっている気がする。
リオが決めたことで、先攻とはいえ一本リードだ。次のPKを止めれば、レッドスワンにリーチがかかる。敵の四人目のキッカーにかかるプレッシャーは大きい。
相手キッカーの6番は、ゲーム中も見事なボール
一方、三馬鹿トリオの盟友がゴールを決めたことで、
「誰にも決められる気がしねえぜ! 少し前にセットしても良いぞ!」
めちゃくちゃなことを叫びながら、楓はゴールライン上に立つ。
そのまま両手両足を大きく広げると、反復横跳びでもするように左右に激しく動き始めた。キッカーにフェイントが許されているように、GKにもゴールライン上での動きは認められている。手足の長い楓が左右に激しく動き回ることで、ゴールマウスは本当に小さく見えた。
PK戦は心理戦でもある。ルールの範囲内で敵の恐怖を
次々と繰り出される
それでも、主審のホイッスルが鳴り響けば、
頭の中もまとまらないまま6番がボールに向かって走り始め、同時に楓も中央へと戻る。
助走を始めたら止まってはいけない。敵のキッカーにはもう考える余地がない。
楓が右に向かっているのを知りながら右へと蹴るのか。それとも、反対側へと蹴るのか。
四人目のキッカーが蹴ったのは、楓が動いてスペースを開けた左側だった。
しかし、シュートの寸前で蹴る方向を決めたからだろう。コースも威力も甘い。
部内で同様のパターンを検証した結果、器用なキッカーほど蹴る方向を修正してくるというデータが取れている。この6番が左側に蹴ってくることは、完全に予想済みだった。
右に向かって動き出していた楓は、シュートの直前に重心を左側へと戻している。
両手でキャッチしたボールを、勢いに任せてゴール後ろの観客席へと蹴り飛ばし、楓は盛大に主審からの注意をくらっていた。
両チームが四人ずつ蹴って、スコアは三対二。
ついに逆転に成功した。
五人目の
「おい、伊織! 適当に蹴って良いぞ! 今の俺からPKを決めるのは不可能だからな!」
楓に限らず、三馬鹿トリオは調子に乗り始めると本当に
味方の士気を下げるようなことを言うなんて論外だが、楓の
最後のキッカーに指名された伊織には、二つの選択肢が与えられていた。
こちらが追い詰められている場面のキックと、敵が追い詰められている時のキックである。
間違いなく今は後者であり、力強い助走から伊織が放ったのは……。
右方向へと飛んだGKを
この場面で伊織が選択したのは、『パネンカ』と呼称されるチップキックだった。
一九七六年、欧州選手権決勝のPK戦。今日の伊織と同じく五番目のキッカーだったチェコスロバキア代表のアントニーン・パネンカは、印象的なチップキックでチームを優勝に導いている。
これはGKがその場から動かなければ、確実に失敗に終わるシュートだ。しかし、左右に飛び込んでしまったが最後、GKは何の抵抗も出来なくなる。チップキックで蹴られたボールは、緩やかな放物線を描いてゴールマウスに収まっていた。
ペナルティスポットの上で伊織が拳を突き上げ、仲間たちが次々に駆け寄っていく。
東京代表、帝来高校との四回戦は、PK戦によって
これで僕らはベスト4である。レッドスワンの歴史は確かに塗り替えられたのだ。
次の対戦相手は、僕らの前にこの会場でおこなわれた四回戦により既に決まっている。
準々決勝まで勝ち残った相手を、五対〇というスコアで
今大会最強チームとの呼び声高い
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