第二話 勿忘草の炎帝(3)-2


「で、どうやって勝負するんだ?」

 スパイクをき、フィールドに立った天馬が伊織に問う。

 てきがいしんを剝き出しにして向かい合う二人を、部員たちは遠巻きに見つめている。始まったイレギュラーなイベントに、三馬鹿トリオや葉月先輩までもが好奇の視線を向けていた。

「一対一で良いだろ。サッカーはゴールの入りにくいスポーツだ。一点でも俺から奪えたら、お前の勝ちで良い。もちろん、GKゴールキーパーは置かせてもらうけどな。問題あるか?」

「ルールに問題はねえよ。ただ、そんな条件で俺に勝てると思ってるなんて、あんたはやっぱり馬鹿だな。たった一人で俺を止めようなんて甘過ぎるぜ」

「中学レベルがほざいてんじゃねえよ。約束は必ず守ってもらう。十回勝負だ。十回やって一度もゴールを奪えなければ、二度と俺たちの前に姿を見せるな。てめえみたいな負け犬は見ているだけで不愉快だ」

「十回勝負? 笑わせるな。そんな条件でこっちが負けるわけねえだろ」

「じゃあ、半分の五回にするか? こっちもさっさと追い出せて好都合だ」

 見下す視線に苛立ちが隠せないのだろう。周りに聞こえる声で天馬は挑発を続ける。

「俺が負けたら二度とグラウンドに近付かない。頼まれなくてもそのつもりだけどな。そっちはどうすんだよ。負けたらどう責任を取るつもりだ?」

「責任? 負けないことが分かってるのに、どうしてそんなものを設定する必要がある?」

「逃げるのか? 負けないって断言出来るなら、それに見合う条件をつけろよ」

 頃合いだろう。僕にはもう一つ、最後の仕事が残っている。

 収まる気配のない口論を続ける二人の間に身体を入れた。

「じゃあ、こうしてくれ。伊織が負けた場合は頭を下げて欲しい。天馬はレッドスワンに必要な戦力だ。僕はそう思ってる。だから、もしも負けた時にはキャプテンの伊織が頭を下げて、入部を頼んで欲しい」

「何で俺がそんなことしなきゃいけねえんだ。いらねえよ。こんな負け犬」

 予定調和の口論を伊織と続けていく。

「冷静に考えてくれ。伊織の実力はチームの誰もが認めている。その伊織をりようする攻撃力を持っている選手なら、加入に誰も文句はないだろ? その実力はいちもくりようぜんだ」

「優雅の話はもっともだな」

 近くで事態を眺めていたけいろうさんが、平生の口調で告げる。

 チーム内で最も発言に説得力を持つ人間は、疑いようもなく二年次理系首席の圭士朗さんだ。利発な彼の言葉には、一言一言に確かな重みがある。

「そいつが伊織を倒せる実力を持っているなら、チームに歓迎しない方が愚かだ。むしろ、罪と呼んだ方が相応ふさわしいとさえ言える。そんな奴がサッカー部にもユースチームにも所属せずに、その辺をうろついているとは思えないがな」

 舌打ちをした後で、伊織が天馬に向き直った。

「仲間にここまで言われちゃ仕方ない。もしも俺が負けたら認めてやるよ。土下座して、てめえに頼んでやる。仲間になって下さいってな」

 天馬が挑発に乗ったことで舞台は整った。これで後は二人が勝負するだけである。

 CBとして覚醒した伊織の実力は、県内でも屈指のものだ。一対一で伊織をかわすのは相当に難しい。パワーとリーチは言わずもがな、伊織は上背からは想像出来ないレベルのスピードを誇る。単純なスピードやパワーで突破することは困難を極めるだろう。

 とはいえファーストコンタクトで有利なのは攻める側だ。天馬がドリブルの得意な選手であることは容易に予想がつくものの、得意パターンまでは分からない。おにたけ先輩のようなごうせいの選手なのか、葉月先輩のようなじゆうせいの選手なのか、その特徴によっても対処の仕方は異なってくる。ただ、五回もやれば、さすがに一度くらいはゴールを割られるに違いない。

 この作戦を立案したのは伊織である。いじけてしまった下級生の心をほぐし、貴重な戦力を迎えられるなら、土下座の一つや二つ容易いことだ。伊織はそう笑いながら話していた。

おうろう。GKを任せて良いか?」

 本年度に入部した三人の一年生の内の一人、GK志望のあいおうろうは、楓がをしてしまったこともあり、インターハイ予選の県総体で四試合のゴールマウスを守った選手だ。

 セカンドキーパーの彼を伊織が指名したのは、天馬が勝つ確率を上げるためだろう。楓と央二朗ではその実力に大きな開きがある。今日の目的は天馬を倒すことではない。央二朗には悪いが、伊織は引き立て役の一員をになってもらうことにしたのだ。

「待てよ。そいつは一年だろ。正GKは目つきの悪い、そっちの男じゃないのか?」

 事態の推移に飽き始め、再び穂高にボールをぶつけていた楓を、天馬はあごで指し示す。

「そいつに守らせろよ。控えからゴールを奪っても何の自慢にもならない」

「おい、ガキ。口のき方に気をつけろ」

 さかきばらかえでは頭が悪い上に超好戦的な性格でもある。

 天馬の前まで歩み寄ると、ありったけのべつを込めて見下ろす。

「お前に一つだけ教えてやる。俺の名前は『そいつ』じゃねえ。『楓様』だ。しかも、てめえごときが俺からゴールを奪うのは不可能だ。何故なら俺は高校ナンバーワンGKだからな。分かったら大人しくガリガリ君を買って来い。俺が好きなのはコーラ味だ」

 僕のまくが破れていなければ、今、三つくらい教えていたような気がする。

「脳にはえでもわいてんのか? さっさとゴールマウスを守れよ」

「生意気なチビだ。その口を両面テープでふさぎ、鼻呼吸しか出来ない身体にしてやろう」

 肩をいからせて天馬に歩み寄ろうとした楓を、伊織が引き止める。

「すぐに終わる。お前の手はわずらわせないから、ゴールを守ってくれ。ガリガリ君は俺が買ってきてやる」

「良いのか? 先に言っておくが、当たりが出ても棒はやらねえぞ?」

 好き放題にのたまった後で、楓はゴールマウスに向かっていった。キーパーグローブはベンチに置かれたままである。で止めるつもりなのだろうか。

「これで、あんたが言い訳するための余白もなくなったな」

 天馬は挑発するように伊織を見据える。

 中学時代の後半は受験勉強に時間を取られていただろうし、普通に考えれば一年近いブランクがあるはずである。しかし、天馬は自信に満ちた眼差しを見せていた。


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