第四話 憐憫の仔(3)
3
新入部員がチームに正式に合流してから、早くも三日が過ぎていた。
地区予選の抽選会は十日後に迫っている。予選は短い日程で続くため、固定メンバーで戦い続けることは難しいが、ある程度、主力を固める必要はあるだろう。
その日も練習が終わった後、選手の体調管理をおこなっている
打ち合わせを終え、華代と一緒に通学
三年生の文系首席である森越先輩は、いつも先頭に立って練習をおこなっているものの、実力が伴わず、以前はその真面目さを粗野な先輩たちによく
スピードやテクニックはなくとも、森越先輩にはひたむきな情熱と集中力がある。真面目で研究熱心な彼には、戦術を理解する力もある。連携を重視する世怜奈先生らしい決定だった。
「よお、遅かったな」
華代と並んでグラウンドへ出ると、いち早く僕らに気付いた伊織が手を上げた。
四人の立ち位置を見る限り、セットプレーの練習をしていたのだろう。
新チームでセットプレーのキッカーに指名されたのは圭士朗さんである。左足で直接狙える位置ならば
攻撃陣の選定には
最前線で常陸がボールを散らし、二列目の三馬鹿トリオ、
「こんな時間まで居残り練習なんて珍しいね」
部活終了後の個別練習には規定が設けられていない。シュート練習などの個別トレーニングは、各自の裁量に任されている。三馬鹿トリオや葉月先輩はいつも速攻で帰っていくが、伊織たちは大抵、一時間ほどの居残り練習をやっていた。
「伊織が二人の帰りを待つって言うからさ。練習に付き合ってもらってたんだ」
森越先輩が笑顔で答える。
「先輩、表現が間違ってますよ。付き合ってもらってたのは俺らの方です」
「そんなことないだろ。俺、伊織の足を引っ張らないように必死なんだ。年齢は上でもプレーじゃ敵わないからな。迷惑をかけないように必死でついていかないと」
「だからやめて下さいって。俺だって頼りにしてるんですから、自信を持って下さい」
伊織はフォローしているが、実力差を考えれば先輩の言葉は卑屈なだけのものではない。
「なあ、
言い出しにくそうに口を開いたのは常陸。
「どうしてそんなことを聞くの?」
不審の眼差しを浮かべて、横から問い質したのは華代だった。今日も彼女の膝には絆創膏が貼られている。相変わらず、よく転んでいるのだろうか。
「やっぱり自信がないんだよ。もっと上手い奴がいるのに、何で俺がFWなんだろうって」
常陸はワントップに指名されて以来、その重責に胃を痛め続けていた。空中戦には無類の強さを見せるし、懐が深く、ボールを収めることも散らすことも得意なのだが、いかんせんゴールに迫る迫力が欠けている。ドリブルも苦手としているし、シュートも同様だ。ここ十試合で二点しか取れていない得点能力の低さを、日々、嘆いている。
先生は常陸をエースストライカーとして据えたわけではない。恵まれた身体を使ってのポストプレーを第一に求めている。そういう意味では及第点の働きをしていると思うのだが……。
「前も注意したけど、そういう考え方はやめて。先生は常陸を外すことは考えていない」
強い口調で華代が叱責する。
「常陸にしか出来ないことがあるから指名されたんでしょ。自分を疑うのは先生に対しても失礼だよ。森越先輩もそうです。足を引っ張っているなんて意識を持たないで下さい。全員がピッチに立てるわけじゃありません。卑屈な気持ちでプレーされるのは不愉快です」
世怜奈先生と華代は多分、根底の部分で似ているのだ。どちらも普段は好戦的とはほど遠い性格をしているくせに、ことサッカーの話になると感情が隠せない。
「華代の言うことも分かるけど、シュートを外す度に落胆されるのが辛いんだよ。味方が繫いでくれたパスを、いつも俺一人が台無しにしているみたいでさ」
きっとセルフィッシュな性格の方が前線には向いているのだろう。
周りに頼らずにゴールを奪いにいく姿勢、何度もチャレンジを仕掛ける勇気、FWにはそういった強引さも必要だ。
「なあ、優雅。何を練習したら、お前みたいにプレー出来るようになるんだろうな」
「常陸の長所と僕の長所は違う。単純に真似しても意味がないよ。ただ、常陸に自信を持ってもらうことは、チームにとってプラスになるはずだしね。少し時間をもらって良いかな。もしも僕が常陸だったら、どんなことを心掛けるか。分析して具体的な指針を出してみたい」
「それ、助かるな。穂高とリオは毎回違うことを要求してくるから、合わせてやりたくても、こっちが混乱してしまうんだ。きちんと信じられる指針が欲しい」
プレー出来なくなってからの方が、仲間の信頼を実感出来るようになったなんて、本当は皮肉な話なのだろうか。
それは同級生だけでなく先輩たちも同様だ。
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