最終話 赤白鳥の星冠
最終話 赤白鳥の星冠(1)
1
ドレッシングルームでミーティングを終え、フィールドへと続く通路を抜けたその時。
疑いの余地がない感動が身体の深部から湧き上がった。
高校ラグビー部が
しかし、僕はこれまでの人生で一度も国立に憧れたことがない。あくまでも全国大会の舞台という程度の認識であり、聖地だなんて思ったことは一度もない。僕らが憧れる舞台はただ一つ。地元のJリーグクラブがホームタウンとする、新潟スタジアム、ビッグスワンである。この美しいスタジアムこそが、子どもの頃から憧れ続けた唯一の舞台と言って良い。
四方を囲む観客の歓声に包まれると同時に、魂が
決勝戦には入場料が必要になる。テレビ中継だってある。それにも関わらず座席は半数以上が埋まっていた。
両校共に全校生徒が駆けつけたとはいえ、それだけでは説明出来ない客入りだ。
準決勝に引き続き、会場には
「吐季さんって先生と同じで、
フィールドに立ち、風向きを確認していた
「僕は優勝することで、吐季さんたちに恩返しが出来ると思っていました。でも、OBとしては今日の試合、複雑だったりするんでしょうか」
「
引きこもりの吐季さんに対し、世怜奈先生はいつも手厳しい。ナチュラルにプライバシーを暴露すると、陽射しを避けるように手を
「今日は
吐季さんの隣に、見覚えのない
「妹さんですか。あまり似てないですね」
「似てないのは外見だけじゃないけどね。勤勉さも誠実さも吐季は妹の足下にも及ばない。私の親族だけなのかな。顔が綺麗な男って情けない奴が多い気がする。長い
僕の肩に手を置いてから、世怜奈先生はアップする選手たちの下へと歩いていった。
そのままメインスタンドの様子を観察していたら、
彼女に別れを告げられてから、まだ二十四時間も経っていない。
今日の決戦のこと、交際していた二ヵ月間のこと、様々な思考に
彼女が何故あんなことを言い出したのか、今でも僕にはよく分かっていない。そして、こんな風に理解出来ないからこそ、別れを切り出されたのかもしれないとも思う。
僕の顔が綺麗かどうかはともかく、『情けない奴が多い』という先生の言葉が耳に痛かった。
真扶由さんに頷いて見せてから、ウォームアップを始めた仲間たちの下へ向かう。
本日、世怜奈先生が用意したフォーメーションは、4‐3‐2‐1である。
三枚並んだボランチの底に圭士朗さんが、二列目はリオが左、天馬が右に位置している。
先発メンバーは
先発メンバーが予想通りだったのは、美波高校も同様である。守備陣にこそ、いつもと違う顔があったけれど、中盤より前の構成は変わっていない。二年生エースの
「お手並みを拝見といきましょう」
ベンチに座り込んでいた世怜奈先生の下へ、敵の指揮官が挨拶にやって来る。
世怜奈先生は手塚から分かりやすく目を逸らしていた。聞こえない振りでもしているのだろうか。
「そう
「……知りません。興味ありません。私、試合前に敵と話すつもりはないですから」
世怜奈先生の拒絶に苦笑いを浮かべながら、手塚はレッドスワンのベンチに腰掛ける。
「ほら、笑顔を作って。多分、僕らのことを抜いているカメラがありますよ」
世怜奈先生はしかめ面のまま、その場に立ち上がる。
「お喋りな人は嫌いです。目立ちたがりな男も嫌いです」
「この一週間、僕のことを忘れられなかったでしょ? 会見場でも動揺していたじゃないですか。今更、
自分たちが負けるなどとは夢にも思っていないのだろう。
手塚は最後まで笑顔を崩すことなく、美波高校のベンチへと戻っていった。
「絶対に勝ちましょうね」
ベンチの前で先生に告げると、疲れたような苦笑いが返ってきた。
「立ち直れないほどに打ちのめしてやりたいけどね。今日も敵のエースは絶好調。気合いで勝てる相手でもない。挑発には乗らないわ」
「……挑発ですか?」
「手塚は見た目の軽さより数段、思慮深い。相手の監督が女だからって、鼻の下を伸ばしているだけの無能じゃない。一週間前の会見で、うちのオフェンスを褒めてきたことも、勝利宣言をしてきたことも、すべては私を挑発するためよ。打ち合いなら美波は負けないからね」
「だとすれば、準備してきたことは間違っていなかったということになりますね」
世怜奈先生はにっこりと微笑む。
「どれだけ挑発されても、絶対に打ち合いには応じない。勝利のために徹底的に守ってやる。準備してきたやり方で淡々と戦うだけよ」
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