最終話 赤白鳥の星冠

最終話 赤白鳥の星冠(1)


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 ドレッシングルームでミーティングを終え、フィールドへと続く通路を抜けたその時。

 疑いの余地がない感動が身体の深部から湧き上がった。

 高校ラグビー部がはなぞのを目指すように、高校球児がこうえんを目指すように、高校サッカーに打ち込む者たちが目指す聖地と言えば国立競技場だ。二〇二〇年の東京オリンピックに合わせて改修工事が始まったため、二〇一四年を最後に使われることはなくなってしまったが、国立は長く高校サッカーの聖地だった。

 しかし、僕はこれまでの人生で一度も国立に憧れたことがない。あくまでも全国大会の舞台という程度の認識であり、聖地だなんて思ったことは一度もない。僕らが憧れる舞台はただ一つ。地元のJリーグクラブがホームタウンとする、新潟スタジアム、ビッグスワンである。この美しいスタジアムこそが、子どもの頃から憧れ続けた唯一の舞台と言って良い。

 四方を囲む観客の歓声に包まれると同時に、魂がしんから揺さぶられるような感動を覚えた。

 決勝戦には入場料が必要になる。テレビ中継だってある。それにも関わらず座席は半数以上が埋まっていた。

 両校共に全校生徒が駆けつけたとはいえ、それだけでは説明出来ない客入りだ。


 準決勝に引き続き、会場にはまいばらさんの姿もあった。さんやはるちゃんと共に、メインスタンド一層目に座っている。

「吐季さんって先生と同じで、なみ高校の出身でしたよね」

 フィールドに立ち、風向きを確認していた先生に話しかける。

「僕は優勝することで、吐季さんたちに恩返しが出来ると思っていました。でも、OBとしては今日の試合、複雑だったりするんでしょうか」

ゆうだよ。吐季が母校にしゆうちやくするなんて有り得ない。そもそも吐季は中退してるしね」

 引きこもりの吐季さんに対し、世怜奈先生はいつも手厳しい。ナチュラルにプライバシーを暴露すると、陽射しを避けるように手をかざしながらメインスタンドに目を移す。

「今日はゆきあお君も観に来てくれたのか。あれ、吐季の妹夫婦だよ」

 吐季さんの隣に、見覚えのないさいじんの男女が座っていた。

「妹さんですか。あまり似てないですね」

「似てないのは外見だけじゃないけどね。勤勉さも誠実さも吐季は妹の足下にも及ばない。私の親族だけなのかな。顔が綺麗な男って情けない奴が多い気がする。長いうきに短い命、ゆうはあんな大人になっちゃ駄目だよ」

 僕の肩に手を置いてから、世怜奈先生はアップする選手たちの下へと歩いていった。

 そのままメインスタンドの様子を観察していたら、あかばね高校の応援席から僕に向かって手を振る少女に気付いた。視線が交錯し、さんが笑みを浮かべる。

 彼女に別れを告げられてから、まだ二十四時間も経っていない。

 今日の決戦のこと、交際していた二ヵ月間のこと、様々な思考にとらわれ、結局、昨晩はなかなか寝付けなかった。

 彼女が何故あんなことを言い出したのか、今でも僕にはよく分かっていない。そして、こんな風に理解出来ないからこそ、別れを切り出されたのかもしれないとも思う。

 僕の顔が綺麗かどうかはともかく、『情けない奴が多い』という先生の言葉が耳に痛かった。


 真扶由さんに頷いて見せてから、ウォームアップを始めた仲間たちの下へ向かう。

 本日、世怜奈先生が用意したフォーメーションは、4‐3‐2‐1である。

 GKゴールキーパーさかきばらかえで(二年)。

 DFデイフエンスしろさきづき(三年)、きりはらおり(二年)、ときとうだか(二年)、おにたけしんすけ(三年)。

 デイフエンシブミツドフイルダーうえはたひろおみ(二年)、じようけいろう(二年)、なりみやろう(一年)。

 オフエンシブミツドフイルダー、リオ・ハーバート(二年)、神室かむろてん(一年)。

 FWフオワードぜん常陸ひたち(二年)。

 三枚並んだボランチの底に圭士朗さんが、二列目はリオが左、天馬が右に位置している。

 先発メンバーはかいせい戦から変わっていない。敵にとっては驚きのない陣容だろう。

 先発メンバーが予想通りだったのは、美波高校も同様である。守備陣にこそ、いつもと違う顔があったけれど、中盤より前の構成は変わっていない。二年生エースのもちづきづか、三年生ののべはらたつまさ、見慣れた顔触れがスリートップに並んでいた。


「お手並みを拝見といきましょう」

 ベンチに座り込んでいた世怜奈先生の下へ、敵の指揮官が挨拶にやって来る。

 づかりゆうせい、選手権予選を四連覇中の名将だ。そのしゆわんに疑いはないとはいえ、会見場でのこともある。二人きりにしない方が良いだろう。

 世怜奈先生は手塚から分かりやすく目を逸らしていた。聞こえない振りでもしているのだろうか。

「そうじやけんにされると、さすがに傷つくなぁ。なんてことを言うタイプだと思いますか?」

「……知りません。興味ありません。私、試合前に敵と話すつもりはないですから」

 世怜奈先生の拒絶に苦笑いを浮かべながら、手塚はレッドスワンのベンチに腰掛ける。

「ほら、笑顔を作って。多分、僕らのことを抜いているカメラがありますよ」

 世怜奈先生はしかめ面のまま、その場に立ち上がる。

「お喋りな人は嫌いです。目立ちたがりな男も嫌いです」

「この一週間、僕のことを忘れられなかったでしょ? 会見場でも動揺していたじゃないですか。今更、つくろっても遅いと思うな。まあ、良いや。もう二人の絵も撮れただろうし戻りますよ。次にあなたを訪ねるのは、その涙を慰める時だ」

 自分たちが負けるなどとは夢にも思っていないのだろう。

 手塚は最後まで笑顔を崩すことなく、美波高校のベンチへと戻っていった。


「絶対に勝ちましょうね」

 ベンチの前で先生に告げると、疲れたような苦笑いが返ってきた。

「立ち直れないほどに打ちのめしてやりたいけどね。今日も敵のエースは絶好調。気合いで勝てる相手でもない。挑発には乗らないわ」

「……挑発ですか?」

「手塚は見た目の軽さより数段、思慮深い。相手の監督が女だからって、鼻の下を伸ばしているだけの無能じゃない。一週間前の会見で、うちのオフェンスを褒めてきたことも、勝利宣言をしてきたことも、すべては私を挑発するためよ。打ち合いなら美波は負けないからね」

「だとすれば、準備してきたことは間違っていなかったということになりますね」

 世怜奈先生はにっこりと微笑む。

「どれだけ挑発されても、絶対に打ち合いには応じない。勝利のために徹底的に守ってやる。準備してきたやり方で淡々と戦うだけよ」


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