第一話 年満月の月天心(1)ー2


「それで、俺たち三年を集めたのは何でなんだ?」

 世怜奈先生はにっこりとほほむ。

「泣いても笑っても三年生は、これが最後の大会になる。後悔を残して欲しくないの。だから選手権での戦術方針を発表する前に、三人には了解を取っておこうと思ったんだよね。私、昨日の記者会見で、鹿しませいようが初戦でトーナメント表から消えるって断言したでしょ。でもさ、やっぱりどうひいに見ても、向こうの方が実力は上なんだよね」

「そんなことに今更、気付いたのか? 十大会連続で選手権に出場しているチームだぞ。よくもまあ、あれだけの人気校をボロクソに言ったと思うぜ。これで俺たちはすっかりヒールだ」

 呆れ気味に鬼武先輩がらす。

「キャラの立った悪役がいた方が、物語は盛り上がるんじゃないかな」

「相変わらず、あんたの神経は訳が分かんねえな」

「ただ、現実はシビアだからね。幾ら強がったところで実力差がひっくり返るわけじゃない。一週間、色んな作戦パターンを考えてみたけど、結局、辿たどいた答えはいつもと同じだった。格上のチームを倒すには守るしかない。なみ高校と戦った時以上に徹底的に守ろうと思う」

 三人の三年生が全員、真剣なまなしで世怜奈先生を見つめていた。

「青陽はポゼッションしている時間の大半を、ボール回しに使っている。青陽に敗北したチームの多くは、彼らのボール回しにれて守備陣形を崩した結果、やられている。だから考えたの。向こうがゲームを殺しにくるなら、こっちもそれ以上にやり返してやろうって」

「……何をするつもりだ?」

「APTって聞いたことがある?」

「インプレーの時間のことだよな。あれって何の略だ?」

actualアクチユアル playingプレーイング timeタイムだよ。ファウルやセットプレーでゲームが止まった時間を引いて、実際にボールが動いている時間を計るための指標。青陽戦ではAPTを徹底的に減らそうと思っているの」

「あんた、ゴールを奪うことを目的としないサッカーなんて冒瀆だって、記者会見で言ってなかったか?」

「マスコミになんて本当のことを話すわけないじゃん。メリットがなければ記者会見なんて開かない。青陽を挑発した理由は幾つかある。かえでが大会に集中出来るよう、メディアのほこさきを私に向けておきたかったのもそうだけど、敵のレッドスワン対策を惑わせた上で、冷静さも奪っておきたかった。私はメディアにサービスはしない。徹頭徹尾、利用するだけよ」

 勝利へのあくなきしゆうちやくしんを持つ、先生らしい言葉だった。

「ただ、APTを減らす目的で戦う以上、時間稼ぎの戦術とののしられることは覚悟しなきゃいけない。三年生は作戦に失敗しても、汚名をそそぐためのチャンスがないからね。皆の了承を得ずに極端な方針は決められないって思っていたの」

「三年だけ集まれなんていうから、何を言われるかと思ったらひようけだぜ。好きにしろよ。あんたのやることは常に結果につながってきたからな。俺たちは信じてついていくだけだ。反対なんてしない。ちなみに具体的な話だと、APTを下げるってことは、要するに引き分けからのPK戦を狙うってことか?」

「いいえ。決着は八十分でつけにいく。大会が進めば、チーム状態次第ではPK戦を狙わざるを得ない時もくるかもしれない。だけど初戦には万全の準備を整えた上で臨むことが出来る。青陽は必ず実力で倒すつもりよ。葉月はどう? 初戦の方針に異論はあるかしら?」

「オフコース。俺も慎之介の意見に賛成さ」

 決め顔で携帯電話を見つめながら、葉月先輩が続ける。さっきからたびたびシャッター音が聞こえるのだけれど、まさか自分の姿を写真に撮りながらしやべっているんだろうか。

「一試合でも多く、俺のを観客と視聴者に見せたい。勝てる確率が上がるなら反対はしないさ。初戦敗退じゃ大学からの推薦がもらえないからな。それに……」

 携帯電話から視線を外し、葉月先輩は心臓の辺りを軽くたたいた。

「俺は自分に誓ったんだ。卒業するまで、もう絶対に勉強しないって」

 ……この人は良い感じの笑みを浮かべながら、何を言っているんだろう。本当に燃え尽きてしまえば良いのに。

 二人の同意を受けて、先生は残るもう一人の三年生、もりこし先輩へと視線を移す。

まさはどう?」

 世怜奈先生に見つめられ、森越先輩は戸惑うような眼差しを浮かべた。

「先生の判断に異論はありません。だけど、そもそも俺はレギュラーじゃないですよ。意見を求められても困るというか……」

 新生レッドスワンは守備に重点を置いて作られたチームである。フオーバックには何人もの実力者を前線からコンバートしている。大黒柱のCBセンターバツクに最初に指名されたのは、もともとFWだったおりであり、両SBを務める鬼武先輩と葉月先輩も、もとは攻撃的な選手だ。

 しかし、もう一人のレギュラーCBはなかなか決まらなかった。三人の実力がずば抜けているせいで、誰が入ってもあらが目立ってしまうのだ。

 最終的に残ったもう一人の最上級生、森越先輩が伊織のパートナーとなり、五月のインターハイ予選では全試合でCBのレギュラーを務めている。だが、夏休み明けにチームのスピードスター、だかがCBへのコンバートを希望し、先輩はレギュラーの座を奪われることになってしまった。

「選手権で戦う相手は、私たちの予選VTRを必ずチェックするわ。地方予選と同じやり方は通用しない。ゆう、同意も得られたことだし、新しい作戦を三人には話しちゃおうか」

 悪戯いたずらな笑みを浮かべて先生が僕を見つめてくる。お前が話せということだろう。

「青陽は細かいパス回しを得意とするチームです。むしろ、それしかやってこないと言っても良い。だから、まずはゴール前のスペースを消したいと思います。青陽戦ではフアイブバック、スリーボランチの超守備的な布陣を考えています。森越先輩は一対一を苦手としていますが、盤面を読むことにけているので、マークの受け渡しには相当強い。一対一は穂高に、ずれたマークの修正は森越先輩に、役割を分担することで対応したいと思います」

 選手権予選を前に穂高がコンバートを志望してきた時、世怜奈先生はすぐに彼の希望を受け入れていた。穂高をCBで使うということは、最終学年の森越先輩からレギュラーの座をはくだつするということである。実力がものをいう世界とはいえ、先生があっさりと森越先輩をレギュラーから降格させたことに対して、僕は良い印象を抱けていなかった。しかし、あの時、先生の思考は、僕なんかの単純な考察では及びもつかないところにまで到達していたのだ。

 選手権予選の後半には、ローカル局によるテレビ中継が入る。そのため、全国の舞台ではお互いに対戦相手のVTRを入手して、対策を練り合うことになる。だからこそ、先生は選手権に備えて新しい布陣を用意するつもりだった。

 決勝戦に5バックを使わなかったことも、予選の最後の二試合で森越先輩をレギュラーから外したことも、すべては全国大会で敵が準備してくる対策を無効化するためだった。

「じゃあ、三人の了解を取れたことだし、新しい作戦の準備に入ろうか。実は慎之介に、もう一つ武器を増やしてもらおうと思ってたんだよね」

「武器を増やす?」

 げんの眼差しを見せる鬼武先輩に対し、世怜奈先生は不敵な笑みを浮かべた。

 そんな話は僕も聞かされていない。また、何かばつなアイデアを思いついたのだろうか。


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