第三話 愚者の忠誠(3)


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 十月十七日、金曜日。

 新生レッドスワンの十試合目となる練習試合がおこなわれた。

 対戦相手のあき高校は、県総体のベスト8に勝ち残った強豪校である。

 この試合で負ければ、先生を監督の座から追いやることが出来る。おにたけ先輩が本当に全力で戦うのかという疑念もあったわけだが、キャプテンマークを巻いた先輩は、最後まで誰よりも激しいプレーを見せていた。身体を投げ出して守備に奮闘し、恫喝にも聞こえるげきでチームを鼓舞していく。疑いようもなく誰よりも気持ちを見せて戦っていた。

 攻撃の核となっていた鬼武先輩、づき先輩、おりの三人をDFに下げたことで、予想通りオフェンスは上手く機能していない。しかし、世怜奈先生が目標に掲げた失点しないチームを作るというコンセプトは見事に完遂されていた。

 新GKのかえでは、我の強いDF陣と何度か衝突を繰り返したものの、抜群の反射神経とリーチで大物のへんりんを見せている。

 キープ力に秀でる三人がDFに入ったことで、チームの土台には、かつてない安定感が生まれていた。フィジカルに優れる鬼武先輩と伊織は、ほとんどの一対一に勝利していたし、葉月先輩は視野の広さを生かして、守備陣のほころびを徹底的にケアしている。

 葉月先輩の実力を疑ったことはなかったが、まさかDFに入って、こんなにも献身的なプレーを見せるとは思わなかった。味方のミスをフォローする度に、誇らしげにビデオカメラに向かってウインクをするナルシストっぷりだけは、心の底から鬱陶しかったけれど……。

 そして、九十分の練習試合は、〇対〇のままアディショナルタイムに突入し……。

「まあ、この結末は予想していなかったよね」

 コーナーキックからの最後のチャンスで、予想外の一点が生まれる。オウンゴールによって先制点が生まれたのだ。そのまま試合は終了し、十試合目にしてチームは初勝利を収める。

「この布陣なら引き分ける自信があったけど、勝負って何が起こるか分からないものね」

 決して美しい勝利ではないが、勝ちは勝ちである。何より誰もが理解していた。この九十分の戦いは思い描いた理想と符合している。劇的な勝利に沸いているのは、久しぶりに勝利を手にしたからじゃない。もやのかかった不安が一掃され、未来への道筋が見えたからだ。

 これまでの戦績は九連敗。どんな布陣を試しても上手くいかなかったのに、監督が本気を出して采配を振った途端、チームは明確な結果を強豪相手に叩き出して見せた。誰にも予想出来なかったコンバートを敢行し、まいばらは負けないチームを作り出して見せたのだ。

「勝てるチームを作ってくれるなら不満はない。約束通り、あんたの言うことを、もう少し聞いてやるよ。一つだけ条件があるけどな」

 試合後、ベンチ前で輪が作られると、鬼武先輩がぶっきらぼうに呟いた。

「勝利を継続するためにも、こいつの所有者を変えるべきだ」

 そう言って鬼武先輩は自らの右腕に巻かれたキャプテンマークを外す。

「強いチームには、求心力のあるキャプテンが必要だ。俺には人望がない。今日限りで降りさせてもらう。次のキャプテンには伊織を指名しておくよ。今日の勝利の立役者は、間違いなく敵を食い止め続けたこいつだしな。誰にも文句はねえだろ」

 鬼武先輩は黄色いバンドを伊織に突き出す。

「守り切れたのは先輩たちや楓のお陰です。それに、俺はまだ一年ですよ」

「むしろ一年だから良いんじゃねえか。俺たちの学年は三人しか残らなかったからな。このチームの中心は一年だ。お前が適任だよ。先生、あんたもそう思うだろ?」

 本心を問うように、世怜奈先生は再度の視線を送ったが、鬼武先輩は表情を変えなかった。

「……分かった。君がそう言うなら伊織に任せるわ。ただししんすけには副キャプテンをやってもらう。異論はある?」

「そのくらいなら、やっても良い。葉月への文句は俺が代わりに言ってやるよ」

「OK。じゃあ、今日から伊織がキャプテンね。部長も任せるわ。伊織、何か問題はある?」

「やれって言うならやりますけど、まさか一年で指名されるなんて思わなかったから……」

「大丈夫。私も適任だと思うもの。今後、私がいない時は練習をしっかりと監督してね」


 少しずつ。だけど、確実に。

 新生レッドスワンの形が見え始めていく。


 秋口から冬にかけての新潟は、ほとんど毎日が曇り空である。

 冷たい雨が降る中でも、積雪のグラウンドでも、サッカーはプレー出来る。

 だが、荒天の中での練習試合なんて、対戦相手が引き受けてくれないだろう。週二回の練習試合は、冬が近付けば中止になると思っていたのだけれど、世怜奈先生はそんなに甘い考えの持ち主ではなかった。

 スペインのユース年代では、学年ごとに年間五十試合はゲームが組まれるという。代表入りすれば、その数字はさらに二、三十試合増えるらしい。試合とは選手を最も伸ばす場であり、試合でなければ身につけられないものが山ほどあるのだ。しかし、新チームは県リーグと新人戦を辞退しているため、公式戦をまったく戦っていない。

 お金で解決出来る問題は、躊躇ためらわずにお金で解決する。それが世怜奈先生の正義であるようで、対戦相手の高校から最も近い屋内練習場を確保し、週二回の練習試合は続いていった。


 世怜奈先生は何処までも前監督とは対照的な人であり、明確な理論と結果を持って生徒の尊敬を勝ち得ていく。

 そして、数ヵ月前に彼女が語った言葉は、悔しいけれど真実の予言として成就する。

 たかつきゆうという人間は、舞原世怜奈によって確かに変えられてしまったのだろう。


 アシスタントコーチに就任して三ヵ月強。

 今ならば断言出来る。

 僕の心は確かに、再びサッカーに夢中になっていた。


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