第三話 秋霖の切片(5)
5
幸いにも右膝の痛みは数日で引き、予定より早く松葉杖生活から解放されることになった。
とはいえ、あの日以来、
僕が突き刺したドライブシュートは、ほかにも幾つかの変化をレッドスワンに生んだ。
僕のプレーに
天馬の意識下で起きた革命により、すぐに新たなる火種が具現化することとなった。
九月二十六日、土曜日。
その日、レッドスワンは隣県の強豪と、二試合の練習試合を組んでいた。事件はその二試合目で発生する。GKが
楓が不出場とはいえ、
予想外の失点を積み重ねてしまった理由は明確である。
ひとえに自己中心的なプレーで天馬がチームの規律を乱したせいだ。セットプレー時の守備ポジションを守らない。取られてはいけない位置でボールをロストする。セルフィッシュなプレーが敵に決定機を与えてしまった。
試合後、天馬はこれまで楓以外の誰にも言い出せなかったことを大声で口にする。
「うるさいな。ミスったことは認めるけど、反省しろって言うなら、俺よりも先に責められなきゃいけない人がいるんじゃないですか?」
「失点のきっかけは俺がボールをロストしたことかもしれない。でも、後ろにはDFがいたじゃないか。謝れって言うなら、最終的に敵に突破された
現在、最終ラインの
「負けたのは森越先輩のせいでしょ。先輩が一対一を止めてくれりゃ、逆転負けなんてしなかったんだ。問題は先輩が戦えるレベルに達してないからじゃないんすか」
「おい、一年。もう一回言ってみろ」
反射的に声を
「てめえのせいでカウンターをくらったんだ。
「覚えてるわけないだろ。
頰に生々しい
「つーかさ、マジでCBを代えた方が良いんじゃないの? あの程度のドリブルに突破されるような奴が、美波のスリートップを止められるわけないじゃん」
「いってえな! 何すんだよ。離せ!」
「ドリブル突破されたCBが悪い? 違うだろ。失点は敵に独走を許すような場所でボールを失ったお前の責任だ。セットプレー明けは守備陣が
「そんなダルい攻め方してるから点が入らないんだろ。後ろに一人残ってるのに何で勝負しちゃ駄目なんだ。あれか? 後ろに下手くそがいることを気にしてろって言いたいのか?」
「どうして、お前は先輩に対して敬意を払えないんだ!」
天馬の胸倉を摑んだまま、伊織は彼を壁に押しつける。
背中を強打し、天馬が痛みに顔を歪めた。
「フィールドに先輩も後輩もないだろ! 下手くそを下手くそって呼んで何が悪いんだ!」
「てめえは他人に偉そうに説教出来るレベルじゃねえだろ!」
「やめろ、伊織。手を離してやってくれ」
激怒していた伊織の肩に、
「俺だって分かってるんだ。天馬の言っていることが完全に間違っているわけでもない」
「いいえ。間違いですよ。こいつがチームのルールを無視するから、ピンチが生まれたんだ。本来、存在しなかったはずの危機で、先輩が責められるなんておかしい」
「俺に伊織のような守備力があれば、天馬のミスだってフォローしてやれたはずなんだよ」
森越先輩が伊織の手首を摑み、ようやく天馬が解放される。
「天馬、お前の発言にも一理ある。フォローしてやれなくて悪かったな。次はもう少し頑張ってみるからさ。呆れないで一緒に続けてくれ」
あれだけの暴言を吐かれたにも関わらず、森越先輩は天馬を
「でもな、チームの戦術ルールは守っていこう。そうしてくれないと上手くフォロー出来ない。皆、天馬の突破力には期待してるんだ。問題はそれを何処で生かすかじゃないのか?」
天馬は苦々しそうな顔のまま、肯定も否定もしなかった。
「話はまとまったのかな?」
ドレッシングルームの隅でパソコンを操作していた
「話さなきゃいけないことは皆が言ってくれたし、私は結論だけ言うよ。今後しばらく天馬には控え組でプレーしてもらうわ」
「……俺がFWとして失格ってことですか?」
「君は本当に極端だね。もっと肩の力を抜いて、ゲームを楽しんだら良いと思うよ」
「一ヵ月後には廃部になってるかもしれないのに、楽しんでる余裕なんてないだろ」
「むしろプレッシャーがかかるからこそ楽しむべきなんだよ。その方が頭も働くからね」
相変わらず世怜奈先生は緊張感のないふわふわとした微笑を浮かべていた。
「天馬に控え組でプレーをしてもらうのは、選択すべきプレーを学んで欲しいからだよ。後ろの陣形が不安な方が、ミスを犯した場面での影響度が分かりやすいでしょ。勝負を仕掛けて良い場面と駄目な場面、君にはなるべく早くそれを理解してもらわなきゃならない」
選手権予選の初戦となる三回戦まで、残り一ヵ月弱。果たしてそれまでに天馬をチームに融合させることは出来るのだろうか。
森越先輩が大人の対応をしたことで、天馬とチームの間に大きな亀裂が走ることはなかった。しかし、真に問題なのは、天馬の暴言が完全に的外れな指摘ではなかったことだ。王者、美波高校の最大の武器は、快速スリートップによるショートカウンターであり、今の森越先輩の実力で抑えられるとは、正直思えない。
試合までの残り期間を考えても、布陣を変えるなら一刻も早く試さねばならない。
その前提で、僕が
ボランチの数を二枚にすれば、二列目にリオ、
だが、ボランチの一人をCBにコンバートしたいと提言することは、森越先輩に失格の
選手権予選には敗者復活戦などない。石にかじりついてでも勝つ必要がある。
勝負が始まる十月になったら先生に進言しよう。準備期間を考えれば、そこがタイムリミットになるはずだ。先生に動きが見えない以上、裁定はコーチである僕が下さねばならない。
重たい
しかし、事態は予想外の方向から動くことになった。
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