27章  転生者のさだめ  10

 その後ゼロによってローシャンやリースベンを始め、いくつかの国にモンスターが出現したことが報告された。


 もちろんそのたびに転移していって、高等級モンスターだけを討伐していった。


 国によっては後で余計なお世話だったとか難癖つけてくるかもしれないが、それを気にして手助けしないで国が滅んだとなればそれはそれで『星の管理者』の思うつぼだろう。


 政治的なことは女王陛下が何とかするだろうし、俺は当初の予定通り自分の仕事をこなした。


 首都とロンネスクの戦いは、どちらもその日のうちに決着した。


 あらかじめ準備をしていたこともあり被害は最小限で済んだようだ。


 勇者パーティやアメリア団長、『王門八極』の4人やバルバネラの活躍が非常に大きかったのは言うまでもないが、国軍や領軍の兵士たちの奮戦もあってのことだというのもやはり忘れてはならないだろう。


 それぞれの都市がつかの間の勝利の余韻に浸っている中、俺は女王陛下の執務室に帰って来ていた。


 ゼロによって報告されたイスマール魔導帝国の記録によれば、これから数日後に『大厄災』……『星の管理者』が地上に顕現するはずだ。


 場所はゼロが特定できる。後はその場に転移して、俺が決着をつければいいだけだ。


 問題はゼロの『対大厄災兵器モード』がきちんと動作して、なおかつ有効かどうかだが、こればかりはやってみないと分からない。


「卿の貢献によって少ない被害でモンスターの大群を退けることができた。しかしまだ残っているのだな、『大厄災』とやらが」


 執務机の向こうから、女王陛下は心配そうな視線を俺に送ってくる。


「ええ、数日後に間違いなく」


「ふむ、卿がそこまで落ち着いている以上勝ち筋はあるのだと思うが、やはり余としては心穏やかではいられぬな」


「それは仕方のないことかと。『大厄災』一体でも恐ろしい強さを持つようですし、ここで失敗すれば今回の勝利も無意味になりますので」


 と言うと、女王陛下ははあ、と溜息をついた。


「そういう意味で言っていないのはわかっているだろう?」


「……は、そうではありますが……」


「ならば別の言いようもあるのではないか?」


「いやしかし……」


 振り返るとそこにはニヤニヤ笑っているロンドニア女史とぶすっとしたバルバネラがいる。さらにはメニル嬢とクリステラ嬢、そして大聖女メロウラ様とローゼリス副本部長までがいて、執務室は首都のキラキラ女子集合場所になっていた。


 ロンドニア女史とバルバネラはともかく、他のキラキラ女子がなぜここにいるのか――もちろんそれは彼女たちが『身辺整理』の対象だからだろう。


 つまり女王陛下は、彼女たちの前で自分に愛をささやけ、と言っているに違いない。


 いや本当にそうだろうか? さすがに女王陛下が策士とはいえ、そこまで残酷なことを俺に強要することはないと思いたい。


「でも旦那様なら勝てるんだろ? あれだけの力を見せてしかもまだ本気じゃないと言うんだ。何が来ても負けるとは思えないけどな」


 ロンドニア女史が助け舟を出すように話題を変えてくれた。


「そうですね。ご主人様のお力は、今回の件でますます底が見えないことが分かりました。むしろご主人様に勝てる存在がいるのなら、そちらの方がおかしいと感じますね」


 とメイド姿のダークエルフ美女、ローゼリス副本部長が続ける。


「そう言いたいところですが、『大厄災』の力は完全に未知数ですので。もしもの時のために、皆さんも用意だけはお願いします」


「そんな、クスノキ様にもしものことがあったら私は生きていけません。どうかそのようなことはおっしゃらないで下さいませ」


「そうだね。言葉にすると実現するなんて迷信もあるみたいだし、滅多なことは言うものじゃないよ」


 黒髪の清楚美少女のメロウラ様が今にも泣きそうな顔をする。言葉を続けた鬼人族美女のクリステラ嬢もそう言って俺をたしなめる。


「ケイイチロウさんにはまだ教えてもらいたい魔法もあるし、帰ってきてくれないと困っちゃうから。それに約束のこともあ・る・し」


「……本当だよ。アンタが負けることなんてないだろうし、普通にしててくれたほうがこっちも助かるよ。せっかくリルバネラともども行く先が決まったんだからさ」


 美人魔導師のメニル嬢が流し目で俺を見ると、女悪魔のバルバネラがジトッとした目を向ける。


 うん、なんかだんだん胃がキツくなってきたぞ。もしかして女王陛下は俺に罰を与えるためにこの場を設けたのだろうか。


 いやいやいや、さすがに自分の夫になるはずの男にそんな仕打ちは……むしろ今後のことを考えてすることもあるか?


 しかしまあ自分がまいた種でもあるし、ここは平気な顔で耐えるしかない。すべては『大厄災』を倒してからだ。


「そうですね。大丈夫です、必ず『大厄災』に勝って戻ってきますよ。ですから安心して待っていてください」


「はじめからそう言えばよいのだ。無駄に不安を煽るでない」


 女王陛下が執務机から離れ、俺のところに歩いてくる。


「よいか、卿の無事を願うものがこれだけ……いや実際には倍以上か。まあそれはよい。とにかく大勢いるのだ、必ず戻ってこい。そしてこの国の未来を共にひらくのだ」


「は、必ずや勝利を女王陛下に捧げます。陛下におかれましてはごゆるりとお待ちくださいますよう」


 俺は膝を折って差し出された女王陛下の手をとり、それを額のあたりに捧げつつそう宣言した。


 これが正式な臣下の礼らしい。教えられたのは直前、ヘンドリクセン老からだったのだが、なるほどこれを読んでいたのか。さすが切れ者である。


「ほう、いつの間にかそのような礼まで憶えたか。今後使う機会はほぼないであろうから、貴重な姿かもしれんな」


 と皆に笑って見せる女王陛下。


 それを受けて他の女性たちもなにやら和やかなムードに変化したようだ。


 どうも最後の一大決戦の前にきちんと皆に挨拶をしておけということなのかもしれないな。うん、そう思おう。そう思えば俺の胃も休まる……


『マスターの心拍数と血圧が非常に不安定になっています。何らかの精神攻撃を継続して受けていると思われます。対処が必要と進言します』


 ゼロさん、その精神攻撃の名は「自業自得」というものですよ。対処は不可能です。諦めてください。




 さて執務室でキラキラな女性たちと色々と話をした後、俺は一旦ロンネスクの自宅へと帰ってきた。


 そういえば、この自宅も近い内に引き払わないとならなくなるのだろう。そう思うと少し感慨深いものがある。


 夕食ができるのを待つ間アビスと戯れていると、家にはいつの間にかロンネスクのキラキラ女性総勢11人が集まっていた。


「今回の戦いは本当に驚きましたわ。わたくしも昔はハンターとして色々と経験はしましたけど、これほどの大群が一斉に都市を攻撃するなんて見たことも聞いたこともありませんでしたもの」


 吸血鬼美女のアシネー支部長がそう言うと、アメリア団長が大きく頷いた。


「そうだな。私もあちこちモンスターが異常発生した狩場を回ったが、これほどの群は見たことがない。それも10等級まで出現するとなると、もはや『厄災』に匹敵する襲撃だったと言えるな」


「ケイイチロウ様がいらっしゃらなかったら、正直なところこのロンネスクもどうなっていたか。本当にケイイチロウ様は頼もしく、もはやなくてはならない方だと再認識いたしましたわ」


「ありがとうございます。そう言ってもらえるのは嬉しく思います。とはいっても、やはり自分一人では守り切れなかったのも確かですから」


「ふふ、まあどのような地位になろうともケイイチロウ殿はケイイチロウ殿だな。しかしこの後来るという『大厄災』、もちろん勝つ見通しはついているのだろう?」


 アメリア団長が念を押すように聞いてくる。ほかの娘たちも真剣な表情をしている。


「もちろん。ゼロもいるし、必ず勝つよ。勝って帰ってこないといけない理由が俺にはあるしね」


 ちょっとカッコつけてしまったが、なんかラトラとソリーンがちょっと目に涙を浮かべているような……。


「師匠が戦うところを見たいんですが、ダメなんですか?」


 ネイミリアがまた恨めしそうな顔をする。


「どんな戦いになるか分からないからね。今回は絶対に連れていけないんだ」


「ネイミリアさん、クスノキ様の邪魔になってしまいますから我慢しましょう」


 聖女ソリーンが俺に合わせてなだめると、ネイミリアは「使った魔法は後で見せてくださいね」といつもの妥協案を出してくる。


「ご主人様、絶対に帰ってきてくださいっ」


 猫耳勇者のラトラがそう言って涙ぐむと、忍者少女エイミがその身体をそっと抱き寄せる。


「大丈夫ですよ。クスノキ様は強いですから、私たちのところに絶対に帰ってきてくれます」

 

「私たちのところ」っていう部分で意味ありげにこっちを見てくるのがエイミらしい。大丈夫、意味は分かっていますよ。その分俺の胃がちょっとアレですけれど。


 俺が胃のあたりをさすっていると、聖女リナシャが首をかしげながら口を開いた。


「ところでクスノキさんって、結局ここにいる皆とは結婚するってことでいいんだよね? 他にあと何人いるの?」


「ちょっ、リナシャちゃん!?」


 サーシリア嬢が慌てて口を塞ごうとしたようだが、まるで間に合ってない。


 部屋の中が一瞬で凍り付き、俺の胃がブラックホールに飲み込まれたかのようにキュッと締まった。


 さすが暴走聖女リナシャ、ここで地獄の釜の蓋を開けてしまうとは……。


「リナシャ様、そういうことをはっきりと口にするのははしたないとされていますのでご自重ください」


「だってカレンナルも気になるでしょ。ロンドニアさんだっけ? カレンナルの故郷の女王様も決まってるんだよね?」


 リナシャの暴走ぶりに、カレンナル嬢が俺のほうを申し訳なさそうに見る。


「私は何も知らないので、できれば教えていただけると……」


「わたしも知りたい……です」 


 有翼族の双子姉妹セラフィとシルフィも恐る恐る聞いてくる。


 まあ正直ここのところ俺も腹をくくって皆に声をかけまくっていたからな。どこかで整理はしないといけないとは思ってはいた。女王陛下の言う『身辺整理』とは逆方向に行ってしまう整理ではあるが……。


 アシネー支部長もアメリア団長も、あのネイミリアですら食い入るように俺を見てくる。


「あ~、ええと、一部の人はまだ言えないところもあるんだけど、メニルさんとクリステラさんと、ローゼリスさんとメロウラさん、バルバネラとロンドニアさんと、ネイナルさんとユスリンさんと、それ以外にあと3人……かな」


 言えない枠は女王陛下とマイラ様、それとリルバネラだ。そうすると全部で……22人!?


 ダメだこれ、いくらなんでもこれは地獄へ落ちる。


 というか皆さんそれで本当にいいのでしょうか? 考え直すなら今のうちです。どう考えてもクズ男ですよ俺は。


 俺が全身から脂汗と冷や汗をミックスして流し始めていると、全員何か分かったふうな顔で頷いた。


「ケイイチロウ様の力や地位、そして業績、なにより人柄を考えれば妥当な数ですわね」


「うむ。私の父が5人を娶っていることを考えれば当然の数だな」


 年長組のアシネー支部長とアメリア団長がそんなことを言うと、ネイミリアが久しぶりの後方弟子面で腕を組みながら、


「まあ師匠がこうなるのはずっと前から分かっていましたからね。今さら驚きませんし、師匠さえキチンとしてくれれば大丈夫です」


 と何か結論っぽいことを言う。


 こちらの世界の女性は肚が座っているというかなんというか、それだけ俺に気持ちを持ってくれているということなんだろうけど……。


 ……いやもうここまで来たら俺自身がブレたらダメだな。クズならクズらしくクズ男を全うしよう。ネイミリアが言う通り、俺がしっかりしていればいいんだ。


 後は女王陛下を説得して……くっ、俺の胃酸よ鎮まれ……!


 俺が己のうちなる業と戦っていると、エイミがボソっと言った。


「ところで、今のお話だとゼロさんが入っていないようですが、それは大丈夫なのでしょうか?」


『当機はすでにマスターの支配下に入っております。婚姻関係とは異なりますが、実質的には近いものだと考えられます』


 ゼロさん、さすがにそれは無理があると思いますよ。だって婚姻関係は支配・被支配の関係が逆ですから……

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