24章 悪神暗躍(後編)  06

「これは王家の者しか知らない秘密なのですが、リースベンの城の地下深くには、巨大な『蟲』……『玄蟲げんちゅう』が眠っていると伝えられています。リースベンには、この土地で暴れていた『玄蟲』を地下に封じ込めた英雄の話が伝わっているのですが、実はそれは数百年前に実際にあった話なのです」


「なるほど。もしかしてその英雄が初代国王だったとか?」


「ええ、彼は生前は王を名乗らなかったそうですが、死後に王とされました。もちろんリースベンの王族の祖ということになります」


 ほぼ予想通りの情報だ。どうやら『悪神』がこの国を選んだのは俺だけが原因というわけでもなかったらしい。


『悪神』もその眷属も、『精神支配』スキルこそ恐ろしく強力だが、本体自身の戦闘力はそこまでのものはない。


 強力な依代よりしろとしてその『玄蟲』とやらに目をつけるのはむしろ必然といえるだろう。


 いずれにしろダンジョンに潜ったら、その巨大モンスターと戦うことになりそうだ。


「その『玄蟲』というのはどのようなものなのでしょう?」


「8本の脚と8本の腕を持つ、山のような大きさの怪物だそうです。腕には爪があり、それぞれ四大属性を一つづつ備えていると言います」


「属性を備える」というのは、爪に付与魔法がかかってるということだろうか。結構強力なモンスターの感じがするな。


 言われてみれば、『邪龍』や『魔王』といった『厄災』に匹敵する力を持つ在野のモンスターがいてもおかしくはないのかもしれない。


「分かりました。王家の秘密をお教えいただき感謝いたします。これで『悪神』の討伐も有利に行えるでしょう。『悪神』がその『玄蟲』を依代にする可能性があることを陛下にもお伝えしておいた方がよろしいかと」


 そうアドバイスすると、マイラ嬢は「確かにおっしゃるとおりですね」と答えた。しかしすぐには会議の場には行かず、なぜか俺の顔をじっと見つめて動かない。


「マイラ様、どうされました?」


「いえ、知勇兼備とはまさにケイイチロウ様のためにある言葉なのだと感じ入っておりました。しかも『悪神』討伐後の我が国の在り方にまで気を遣っていらっしゃる。わたくし感服いたしました」


「は……はあ」


 何のこと? とはさすがに言わない。


 マイラ嬢が情報をくれたことで、俺が有利に戦えた。そういうことになれば、『悪神』討伐においてリースベン側も協力をしたという形になるからだ。


 相手の面子を保つことが国際関係においても重要らしいというのは、前世の国家間のやりとりを見ても明らかである。


 ただマイラ嬢に感服されるほどのことではないと思うんだが。為政者にとっては常識ですよね?


「私もゆくゆくは領主くらいにはなるようなので、政治についても少し勉強をしているというだけです。やり方としてこれで正しいのかどうかも分かっているわけではありません」


「いえ、ケイイチロウ様のなさりようは、どちらの国にも益をもたらすものだと思います。ところで領主になられるということは、サヴォイア女王国の上位貴族になられるということですよね?」


 おや、マイラ嬢の様子が……急に押しが強くなった気がするんだが……ちょっと顔も近いし。


「え、ええ、そういうことになるようです。」


「ケイイチロウ様がなされた功績を考えれば、伯爵位……いえ侯爵位であっても当然でしょう。そう思われませんか?」


「いや、どの程度が妥当かは自分には……」


「いえ、そうであるはずです。実はわたくし、公爵家の子女としていろいろとしがらみのある身でして、その、相手となる殿方にも恵まれず……」


 え、ちょっと? いきなり何を言い出すんでしょうかこのお嬢さんは。


 まあ王家の血を引きながら『三龍将』として名を馳せ、その上このキラキラ美人ぶりでは確かに男の方も腰が引ける……なんてことはないと思うんだがなあ。


「マイラ様、お待ちください。そのようなお話は時期尚早と申しますか、私もサヴォイアに戻れば婚約者のいる身ですし……」


「もちろんケイイチロウ様ほどの方ならすでにお相手は複数いらっしゃるでしょう。よろしければ、その中にわたくしを加えてはいただけませんでしょうか?」


 ええ、貴族の女性ってこんな風に自分から迫るものなんだろうか? イメージでは家の間でまずは話があって……みたいな感じなんだが。


 考えてみれば俺はこの世界の男女の在り方をあまり気にせず過ごしてきたんだよな。


 色恋沙汰を下手に意識するとおじさんは嫌われる……という意識があまりにも染みついてしまっていたせいもある。


 ただまあ、上位貴族になれば確かに女性関係は避けて通れない話だ。


 インチキ能力とはいえ自分が人の及ばぬ力を持っているのも確かだし、人間性の面でも多少は信用されているだろう。


 個人の資産もすでに小国の国家予算くらいは持っていたりする。中身はともかく身体は若いし、見た目も別に悪いわけではない……。


……とそこまで考えた時、俺の背中に稲妻のようなものが走った。


 それは俺の周囲にいる「特定の人々」の「ある種の態度」が、別の意味を持って自分に迫ってくる感覚でもあった。


 まさか、彼女らの俺に対する態度がそういうものであったとしたら――


「ケイイチロウ様、もしやわたくしのはしたなさに呆れていらっしゃいますか……?」


 気付くと、先程までの勢いはどこへやら、マイラ嬢が泣きそうな顔になっていた。


「ああ、申し訳ありません。マイラ様からそのようなお話がいただけるとは思っておりませんでしたので、少し放心しておりました。呆れてなどはおりませんのでご安心ください。むしろそこまで思っていただけることを嬉しく思います」


「そう言っていただけるとわたくしも安心いたします。申し訳ありません、いきなりこのようなお話をしてしまい……わたくしもこのような気持ちは初めてで、どうしてよいか分からず……」


 ホッとした様子から恥じらいの表情に移行するマイラ嬢。その言葉と合わせて、かなりの破壊力をお持ちである。


 しかしここは一旦穏便に切り抜けないといけない。俺にはどうやら確認しないといけないことができてしまったようなのだ。


「マイラ様、ただ今のお話は、いったん私の胸に納めさせていただきます。私の地位も定まった訳ではございませんし、なにより今は『厄災』の討伐を優先したいと考えています。私が『厄災』をすべて倒し、何らかの位につくことが決まった時に改めて今のお話の続きをいたしましょう」


「ケイイチロウ様……。はい、承知いたしました。わたくしも先走ったことを申し上げてしまいお恥ずかしい限りです」


「国同士の関係にもかかわるお話ですから、一度冷静になって考えることも必要かと思います。それと、マイラ様がご存知かどうかは分かりませんが、私には非常に不名誉な『二つ名』がございます。その『二つ名』についても、よく吟味をしてただいたほうがよろしいでしょう」


 できれば気持ちが変わってくれるとありがたい……とまでは思えないのが男の意地汚さであろうか。


 いずれにしても、この手の話でも互いに貴族同士ということになると、その場で返事をしていいのかどうかすら分からない。


 これについては先達に相談する必要がありそうだ。ただ公爵閣下はともかく、女王陛下に相談するのはかなり恐ろしい気もするが……。


 などと考えていると、いきなり外で大きな破砕音が響き渡った。どうやら王城の方で何かが起きたようだ。


 いや、「何かが」というのは白々しいか。間違いなく『悪神』が痺れを切らして出てきたに違いない。


 自分との決戦を前にして対戦相手が美人に言い寄られてデレデレしてたら、そりゃ『悪神』もキレるよなあ。

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