24章 悪神暗躍(後編)  05

 その後俺は『女王』に『闇属性魔法』をかけ、谷に戻るように指示を出した。


 混乱していた『鎧蟲』たちは、女王の後についてほとんどが谷の方に向かっていく。


 それでも一部出てしまった『はぐれ鎧蟲』は、申し訳ないが長距離ミスリルバレットの餌食になってもらった。


 荒野に大量に残された4等級の魔結晶(何と『鎧蟲』は最下級が4等級だった)と『鎧蟲の外皮』は、すべて『念動力』でかき集め、インベントリに放り込んだ。


 それら一連の動きを見ていたマイラ嬢と団長氏以下騎士団一行は、目を点に、口を半開きにして放心していた。


 彼らの目の前で空中に浮かべたままの国王陛下を下ろし、『生命魔法』で回復させる。


「……む、うむぅ……」


 いかにも位の高そうな出で立ちをした髭の美形中年が目を覚ます。


 上半身を起こす国王を見て、さすがにマイラ嬢たちも我に返って駆け寄ってくる。


「陛下っ!」


「……うむ? おお、マイラか。いかがいたした? それにここは……私は何をしていたのだ?」


「陛下、お心が戻られたのですね! 我々は『悪神』に操られていたのです。操られて、取り返しのつかないことをするところだったのです。いえ、一部は手遅れでしたが……」


「『悪神』とはかの『厄災』の一つというあの『悪神』か? うむ……ここしばらくの記憶がまるで思い出せぬ。いったい私は何をしてしまったというのだ……?」


「サヴォイア女王国とローシャン国に戦争を仕掛けたのです。さらには手薄になった国都に『鎧蟲』の大群をけしかけることまで……。いえ、これらはすべて『悪神』の為したことでありますゆえ、陛下がなされたことではございませんが……」


 マイラ嬢が悔しそうに言うと、国王はしばし黙考した後口を開いた。


「マイラが言うのであれば、それらは確かになされたことなのだろうな。して、戦はどうなったのだ? 『鎧蟲』は?」


「はい、戦の方は実際に国境線上で衝突はいたしましたが、ここにいらっしゃるクスノキ卿のお力によって将軍たちや『三龍将』が『悪神』から解放され、すぐに退くことができました。サヴォイア女王国側も我らが操られているのを把握しており、それ以上の戦闘には及んでおりません。ローシャン側もすでに兵を引いております。『鎧蟲』についても同様に、クスノキ卿が谷に追い返しなさいました」


「では、最悪の事態は避けられたということか。我らを解放してくださったクスノキ卿とはどのようなお方なのだ。紹介をしてもらえるか」


 国王は立ち上がると、俺の方に顔を向けた。


 マイラ嬢は姿勢を正しつつ俺を見て、ちょっと困ったような顔をした。


 そういえばマイラ嬢は俺のことを詳しく知っているわけではないのだった。


 俺は前に進み出て、国王の前で一礼をした。


「お初にお目にかかります陛下。私はケイイチロウ・クスノキと申します。サヴォイア女王国にて名誉男爵位を賜り、4段位のハンターに認められている者です。この度は、我が主君の命と貴国のオルトロット公爵閣下の要請により、『悪神』を討伐するためにこちらに推参しております。今しばらくリースベン国内での活動をお許しいただければ幸いに存じます」


「おお、なるほど。貴殿が複数の『厄災』を討伐したという勇士であったか。どうやら貴殿には国を危機から救っていただいたようだ。リースベン国王として礼を言わせていただこう」


「は、もったいないお言葉でございます。しかし陛下、まだ危機は去っておりません。 『悪神』は城内のダンジョンにてこちらを待ち構えている様子。そちらを討伐せねば終わりとはなりません。どうか私に城内に入る許可をいただきたく存じます」


「ふむ、ともかくも国都に戻らねば状況がはっきりせぬが、事態が貴殿の言うとおりであれば無論のこと許可は出そう。むしろこちらから願う話であろうしな。だが今は情報が欲しい。クスノキ卿、しばし待っていただいてもよいか?」


「かしこまりました」


 さすがと言おうか、国王陛下の事態の飲み込みの早さは驚くほどである。


 ともかくも、国王陛下が健在であれば俺も無断でリースベンの城に入る訳にはいかない。


『厄災』の討伐は人類の最優先課題ではあろうが、国をまたぐとなるとやはりそれなりの面倒は生じるのだ。


 そこはキチンとクリアしないと後々まで禍根を残すからな。お疲れの女王陛下に面倒をかけないためにも、なるべく穏便にことを済ませていこう。






 とはいえ事態は一刻を争うのも確かであるので、国都までは転移魔法を使わせてもらった。


 すでに慣れ始めているマイラ嬢以外は腰を抜かさんばかりに驚いていたが、まあそこは流してもらおう。


 もしや『悪神』が国都の守備隊でもけしかけてくるかと思ったが、そのようなこともなかった。


 むしろ王城内の大臣らも『洗脳』から解放されたらしく、城の前でうろうろしているくらいであった。


 どうやら『悪神』は本当に城のダンジョン奥で待ち構えているらしい。


 城がダンジョン化しているため国王はマイラ嬢の館を臨時の座所と定め、大臣たちを集め会議を行っている。


 俺は国王に依頼されてオルトロット公爵を館に連れてきたりしたが、それ以外は館の一室で休んでいた。


 インベントリからミスリル塊を出してミスリルバレットを生成していると、マイラ嬢がやってきた。


「ケイイチロウ様、お待たせをして申し訳ありません。会議はまだ少しかかりそうですが、ケイイチロウ様にお任せするということに関しては問題なさそうですので今しばらくお待ちください」


「分かりました。国王陛下も一度に色々と考えることがおありになって大変でしょうね」


「はい、わたくし達と違って、『憑依』されていた時の記憶をお持ちでないようで、情報をまとめるところからなさっておりますので……」


「私としては城のダンジョンへ入ることができれば問題ございません。それよりマイラ様にお聞きしたいことがあったのです」


「はい、なんでしょう?」


「リースベンの王城には、何か秘密のようなものはございませんか? 例えば地下に何か封印されているとか」


「えっ!?」


 俺の突飛な質問に、マイラ嬢が目を見開く。


 ちょっと反応が大きい。俺は自分の勘……というか前世のメディア作品群読みが当たっていることを確信する。


「どうしてそのようなことをお聞きになるのでしょうか?」


「実は国王陛下から離れた『悪神』が、何か別の強力な身体を用意しているようなことを匂わせていたのです。その上で『城で待つ』と言っていたので、もしかしたらと思いまして」


 そう、『悪神』は逃げる時「この身体では相手にならんな」と言っていた。


 そのままの意味に取れなくもないが、少し深読みすると「俺の相手をできる身体が別にある」と言っているようにも取れなくはなかった。


 もしそうであるとして、普通に依代として考えられるのはマイラ嬢たち『三龍将』だろう。しかし『悪神』が「城で待つ」と言っていた以上それはない。


 となると、可能性としてはお約束の『封印された古代の魔物』とかそのあたりだろうと当たりをつけたのだ。


「……そうですね、ケイイチロウ様のお考えの通りです」


 マイラ嬢はしばし黙考していたが、意を決したように話し始めた。

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