24章 悪神暗躍(後編) 04
翌朝、早めの朝食を済ませると、俺とマイラ嬢は中庭に出た。
マイラ嬢は完全武装の姿である。背にある大型の弓は彼女が得意とする武器らしい。
『弓姫』の二つ名を持つとは、昨夜レヴィン氏から聞かされた。
さて、まずは『千里眼』で場所の確認である。と言ってもさすがに一気に『
「マイラ様、谷へ向かう道にある宿場町を確認しました。まずはそこまで参ります。よろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。ではレヴィン、また留守にしますが家のことは頼みますね」
「承知いたしました。無事のご帰還を心よりお祈りしております」
ただ一人の見送りであるレヴィン氏に別れを告げ、転移魔法を発動。
景色が荒野の真っ只中に変わる。
少し離れたところに街道が見え、その街道を辿っていくと1キロほど向こうに宿場町がある。
リースベン国にとって、谷にいる『鎧蟲』は潜在的な脅威であると同時に、重要な資源でもあるらしい。
なので国都から谷に向かう街道はかなり整備が進んでいるとのことだった。
「ここから谷の方を見てみます。少々お待ちください」
俺はマイラ嬢に断って、『千里眼』を発動する。
視点を移動していくと、赤茶けた荒野がいきなり断崖になっており、その下には広大な窪地が広がっていた。
もと日本人としてはその大陸的なスケールの地形に圧倒されてしまいそうになるが、観光は後回しにしてさらに視点を移動する。
探しているのはリースベンの国王陛下一行だ。親衛騎士団を連れているなら見つかりやすいと思うのだが――
「え、そう来るか」
つい口にでてしまったが、見えたのは200騎ほどの騎士たちが谷から全速力で逃げている姿だった。
その理由はあきらかで、彼らの数百メートル後ろを赤褐色の波……のように見えるほど多数の『鎧蟲』が追いかけてきているのだ。
『鎧蟲』自体は小型の自動車と同じくらいの大きさだろうか。胴体が細く、足の太いクワガタ虫のような姿をしている。
ぽつぽつと見える倍ほどの大きさの個体は、恐らく隊長のような存在だろう。
その大群の中央あたりには全長20メートルはありそうな個体……恐らく「女王」だろう……がいる。
問題は、その頭部にいかにも高貴そうな人間が乗っていることだった。
見たことはないが、間違いなくリースベンの国王陛下だろう。
「どうしました、クスノキ様」
マイラ嬢が不安そうに聞いてくる。
「どうやらすでに『悪神』は『鎧蟲』の女王を操り、大群を動かし始めたようです。親衛騎士団がこちらへ逃げてきています」
「それでは陛下も!?」
「それが……」
見たままを話すと、マイラ嬢は額に手を当てて絶望の表情をした。
「それは……どうしたら良いのでしょう。女王を攻撃すれば陛下をも傷つけることになってしまいます。いやそれ以前に、それほどの『鎧蟲』の群など、いったいどうすればよいのか……」
これがネイミリアあたりだと、「師匠次は何の魔法使うんですか?」とかいってワクワク顔してるだろうな。
俺の周りの女性陣もいい加減毒されてきてるけど、これが普通の反応だよなあ。
「マイラ様、『鎧蟲』の大群は問題なく討伐できますのでご安心ください」
「は……え? 討伐……できるのですか?」
「ええ、そこは信じていただくしかありませんが可能です。ただし、『鎧蟲』はリースベンにとっては絶滅させても問題があるようですので、ある程度は谷に返しましょう。できれば女王もそのまま戻したいところですね」
「は、はあ……?」
『鎧蟲』自体はリースベンの産業の一翼を担っているということだからな。俺が絶滅させてリースベンの経済に大打撃を与えるなどということは避けたい。
「さて、親衛騎士団も心配ですので助けに参りましょう。では行きます」
「えっ!? はいっ」
まだ要を得ない様子のマイラ嬢だが、こればかりは見て理解してもらうのが一番だろう。
俺は転移魔法を発動した。
転移した先は、逃げてくる親衛騎士団の500メートルほど手前であった。
完全武装の200騎の騎士団が走ってくる様子はそれだけで非常に迫力があるが、その後方に迫る赤褐色の津波の迫力には及ぶべくもない。
マイラ嬢などは、荒野を埋め尽くす『鎧蟲』の大群を見てフリーズしている。
「そこにおわすはマイラ様ではございませんかっ!? いかな『三龍将』といえどこの数を相手取るのは不可能でございますぞ!」
騎士団の団長らしき男性騎士がこちらに気付き、騎馬の速度を落としてそう叫んだ。
『魔力視』で見る限り、騎士団全員が通常の状態のようだ。
国王陛下に『憑依』したのが『悪神』本体だとしても、さすがに女王と隊長クラスを『精神支配』で操るのはかなりのリソースを消費するということなのだろう。
彼らは『精神支配』から解放される代わりに、『鎧蟲』暴走の一番の被害者にされるところだったわけだ。
必死の形相の騎士団長を前にして、マイラ嬢は瞬時に『三龍将』の顔に戻った。
「落ち着きなさい! 私はあの『鎧蟲』を止められる方をここにお連れしただけです。あなた方はこのまま宿場町まで戻り、この事態を知らせなさい!」
「いやしかし、あれを止めるなど一人の人間にできることではございませんぞ! 我らと共に退却を!」
「私には構わず行きなさい! 時間がありません!」
「なんと、マイラ様はそこまでのお覚悟を! でしたら我らもこれ以上退くわけには参りません。共に戦いましょうぞ!」
団長氏がいきなり盛り上がってしまったが、王家の血筋で国の英雄でなおかつキラキラ美人なマイラ嬢を見捨てて逃げるとか、騎士ができるはずもないよな。
「失礼、騎士団の団長閣下とお見受けいたしますが、この事態はひとまずは私にお預けください。これはオルトロット公爵閣下が認められたことでもありますので、一度我らより後方にお下がりを」
仕方ないので俺がしゃしゃり出ることにする。
もちろんどこの馬の骨とも知れぬ男がいきなりそんな口をきいても聞いてもらえるはずもない。
そこでマイラ嬢に目配せをすると、彼女はすぐに応えてくれた。
「こちらのクスノキ様がおっしゃったことは事実です。すぐに道を開けなさい。これは公爵閣下の指示です」
団長氏は俺に対してはかなりなにか言いたそうな顔をしていたが、マイラ嬢の強い視線を受けて渋々頷いた。
「……承りました。総員、道を開けろ!」
騎士団が左右に分かれ俺たちの後ろに移動を始める。この動きだけで練度が非常に高いことが分かる。
俺は「ありがとうございます」と一応礼を言って、そのまま前に出た。
『鎧蟲』の波はすでに500メートルを切った距離にいる。意外と動きは遅いようだ。
まずは数を半数ほどにしよう。
「『風龍
レベルの上がりまくった『風属性魔法』と『超能力』、そして『並列処理』スキルを併用し、10本の超高密度竜巻を作り出す。
それをウネウネと動かしてやれば、その軌道上にいる『鎧蟲』は、次々となすすべなく天に巻き上げられバラバラになっていく。
もちろん国王陛下が騎乗されている『女王』を避けているのは言うまでもない。
いきなり発生した凶悪な竜巻に群を寸断され、『鎧蟲』たちは完全に混乱状態に陥った。
これは『精神支配』下にあった隊長クラスを全滅させたのも大きい。
「な……何が起こったのだっ!?」
「これが……クスノキ様の真のお力……というのですか……」
団長氏が叫び、マイラ嬢は目を見開いて絶句している。
これでも全力ではありません、なんてとても言える雰囲気ではないな。
「さてと、少しこの場より失礼いたします」
俺は2人に断りを入れ、超能力『瞬間移動』を発動した。
移動した先は『女王』の背。
巨大な甲虫の背中に乗るというのは、なかなかに男心が湧きたつシチュエーションだ。
ただその甲虫を操っているのは、目の前にいる中年男性に『憑依』しているであろう『悪神』である。
「……ナンだ貴様は、ドウやってここへ来タ?」
国王の口から漏れるのは、いくつもの声が重なったような不気味な声であった。
「俺のスキルで移動した。お前が『悪神』か?」
「なぬ? 我をニンシキしながらココへ来たというノカ。まさか貴様ガ『聖杯』を手にシタ男か」
俺は答える代わりに、インベントリから『聖杯刀タルミズ』を取り出した。
「ムうぅっ、その刀からは間違いナク『聖杯』の力を感ジル。『蟲』の群を半壊サセ、『聖杯』を持つニンゲン……この身体では相手にナランな」
「そうか。だが悪いがここで終わらせてもらう」
俺が『タルミズ』を振りかぶる、その瞬間、『悪神』は後ろに倒れ込んだ。
いや、倒れ込んだのは国王の身体だ。
『悪神』本体と思われるモノは陛下の頭部より離れ、空中に浮かび上がった。
国王の身体はそのまま『女王』の鼻先へと落下していく。
なるほど、そちらに気を逸らさせて自分は逃げる気か。
だが俺には『念動力』がある。
国王の身体を空中に浮かせ、同時に『悪神』本体に斬りかかる。
しかしそこで『女王』の身体が大きく震えた。
俺の動きが一瞬だけ遅れ、『悪神』はその間に一気に距離を取った。また強制イベントか。
「城にて待ツ」
そう言い残して、『悪神』本体は空の彼方に消えていった。
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